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大人になる。舞子の浜で、
起業家という道を経て、今は二作目の出版を目指している橋本なずなです。
海を見ていた。
凡そ同じリズムで波打つ海を。
疎らに広がる雲のせいで、水面に映る色は黒っぽかったり、青っぽかったりムラがある。
“青く透き通る海”
そんなんじゃない。
1月の舞子の浜には、波の音にも負けない強く冷たい風が吹いていた。
この海を見た日から、5年が経った。
ティーンエージャーから20代への橋を渡った記憶はもう朧気で、あと2ヶ月もすれば25歳になる。
20代前半の5年間を “最後の子供時代” とするならば
私にとってそれは、苦しい時間が多かったように思う。
事実以上に悲観するつもりはない。
起業したのも、メディアに出たり、本を出版したのも、この5年間にできたことだから。
楽しいこと、嬉しいこと、幸せなことも確かにあった。
苦しかったのは三つの精神疾患の発症と闘病生活、二度の自殺未遂と、昨年、唯一の家族であったお母さんが死んだこと。
最後の子供時代とは、気楽に、何にも考えないで、ただただ目の前のことを楽しむ時間なのだと思う。
それが許される、最後の時間なのだと思う。
その貴重な時代に私は何時間 ———
いや、
その貴重な時代に私は何十時間、何千時間、涙を流していたんだろう。
孤独を感じていたんだろう。
絶望と睨めっこしていたんだろう。
本当ならもっと、無知でいられたかもしれないのに。
この海で、
2020年1月は、適応障害と診断されて泣いていた。
2025年1月は、お母さんの一回忌を前にして泣いている。
でも、告げられてしまった。
大人にならなきゃいけない、と。
もう、その時が来てしまったのだと。
私の心が完解になるまで、母の死の傷が癒えるまで、時は待っていてはくれなかった。
楽しめるようになった頃にはもう、過ぎた時間の長さに唖然とした。
私の最後の子供時代は、苦しみをこさえてじきに過去になろうとしている。
その為に私は、お母さんを捨てないといけない。
私の心臓の半分であるお母さんを、今ここで、捨てて行かないといけない。
“大人になんてならなくていい” “お母さんを捨てる必要なんてない”
そんな言葉は的外れ。
いつか考えが変わって、拾い直すその日まで。
今の私には、お母さんを捨てることが大人になる第一歩だ。
その考えが間違いでないと、すぐに確信した。
真っ赤に熱された鉄球のような太陽が、海に沈もうとしていた。
雲が生む水面のムラを覆うように、赤い光が一本、こちらに向かって伸びていた。
うしろを振り返れば、淡い色の空には大きな満月が昇っていた。
あなたはいつだって、どこからだって、
私を見ていると知っている。
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