『オリバー・ストーン オン プーチン』1
1 五度の暗殺未遂にもかかわらず悪夢は見ない
-――スターリンについて最後にひと言。さきほどスターリンについては否定的なコメントをし ていた。もちろん世間では非難されることが多い人物だ。ただ同時に戦時には優れたリーダー だったこともはっきりしている。ロシアを率いてドイツを破り、ファシズムを倒した。この両面性をどう見るか。
「あなたは油断ならない男だ」
―――なぜ? 良かったらこの話は明日にしよう。
「いや、いま答えられる。過去の傑出した政治家にウィンストン・チャーチルがいる。ソビエ ト主義に断固反対の立場だったが、第二次世界大戦が勃発すると、ソ連との協力を強く主張し、スターリンを偉大な戦時リーダーであり革命家だと持ち上げた。そして第二次世界大戦後、冷戦を始めたのがチャーチルであるのは有名な話だ。その後ソ連が初めての核実験を実施すると二つの社会体制の共存が必要だと声明を出したのはほかならぬウィンストン・チャーチルだ。 非常に柔軟な人物だったわけだ。しかし心の奥底ではスターリンに対する考えは決して揺らが ず、一度も変わらなかったはずだ。
スターリンは時代の産物だ。悪者扱いする材料はいくらでもある。われわれはファシズムを 倒した功績を認めようとしている。悪者といえば、歴史を振り返れば同じような人物にオリバ ー・クロムウェルがいる。革命に乗じて権力を握った残虐な男で、独裁者となり、暴君となっ た。いまだにイギリス各地にその銅像がある。ナポレオンは神格化されているが、彼がいった い何をした? 革命的気運を利用して権力者となった。すると君主制を復活させただけでなく、 自ら皇帝を名乗った。そのうえフランスを完全な敗戦という国難に導いた。そんな状況、人物 は世界史を振り返れば十分すぎるほどいる。スターリンの凶悪さを過剰にあげつらうのは、ソ連とロシアに対する攻撃方法の一つであり、今日のロシアの起源がスターリニズムにあるかのように見せる意図がある。それは生まれつきのあざのようなもので、誰にだってある。
私が言わんとしているのは、ロシアは劇的な変化を遂げたということだ。もちろん国民性と して残っているものはあるだろうが、スターリニズムに逆戻りすることはあり得ない。国民の メンタリティが変わったからだ。スターリン自身について言えば、すばらしい理念を抱いて権 力の座についた。平等、博愛、平和の必要性を語っていた。ただその後、独裁者となったのも 事実だ。あのような状況では、ああなるしかなかった。当時の世界の状況を考えれば、という ことだ。スペイン、あるいはイタリアの状況はましだったのか? ドイツはどうか? 独裁制にもとづく国家は今も世界にいくらでもある。
だからと言って、スターリンにソ連の国民をまとめる力がなかったというわけではない。フ ァシズムに対する抵抗運動を組織した。ヒトラーのような振る舞いはしなかった。配下の将軍 の意見に耳を傾けた。部下の判断を尊重したこともある。それでもスターリニズムの下で行わ れた残虐行為を忘れるわけにはいかない。数百万人の同胞を殺害したことや強制収容所の存在 だ。いずれも忘れてはならないことだ。スターリンは二面性のある人物だ。晩年には非常に難 しい状態にあったと思う。精神的に、という意味だ。ただこの問題については公平な研究が求められる」
―――あなたのご両親はスターリンを慕っていた。
「もちろんだ。旧ソ連の国民の圧倒的多数がスターリンを慕っていたと思う。かつてフランス 国民の大多数がナポレオンを慕っていたように。いまでも慕っている人は多いのではないか」
2 万能感に浸る国家は必ず間違う
(オリバー以下同)―――基本的にアメリカには、世界中に軍事基地を作って他国に介入し、そうした国々の政治を思うままにしようという党派を超えた外交政策がある。いまは中国、イラン、ロシアで問題や壁にぶつかっており、この三国が常に論議の的となる。次回はこのアメリカによる世界支配の 追求について議論したい。その障害がなんであり、その計画においてロシアはどのような役割を果たすのか。
(プーチン以下同)「一つ約束しようじゃないか。あなたがアメリカの政策に対して非常に批判的なのはわかっている。ただ私を反アメリカ主義に引きずり込むのはやめてほしい」
―――そんなつもりはない。ただ起きた事実について議論したいだけだ。それもできるだけ率直 に。というのも旧ソ連は常にアメリカの政策に対して非常に現実的な認識を持っていたからだ。 常にアメリカの意図を理解するよう努めていた。そうしたシンクタンクがいまも存在するかわ からないが、きっとあると思うし、あなたはそこからアメリカの意図についてきわめて正確な 評価を得ているのだと思う。
「もちろん、そうした評価は受け取っている。アメリカの意図は理解している。さきほども言ったとおり、自らを世界唯一の超大国だと考え、国民に自分たちは特別だという認識を植えつけると、社会に現実ばなれしたメンタリティが生まれる。それが今度は社会の期待に応えるよ うな外交政策を求めるようになる。そうなると国家の指導者はそうした帝国主義的論理に沿っ た行動をとらざるを得なくなり、アメリカ国民の利益を損なう可能性がある。なぜなら最終的 にそうした行動は問題を生み、システムに齟齬を来すからだ。それが私の現状認識だ。すべて をコントロールすることはできない。そんなことは不可能なんだ。だがこの議論はまたにしよう」
―――そうしよう。長時間ありがとう。
3 ロシアがスノーデンを引き渡さない理由
―――そして二〇一三年六月になった。あなたのもとに、おそらくスノーデンがモスクワに向か っているという電話が来たのだろう。オバマを含めて、アメリカから電話があったはずだ。事 態はどのように進展し、あなたはどう対処したんだろう。
「最初にスノーデン氏と連絡を取ったのは、彼が中国にいたときだ。そのときは人権のために 闘う、人権侵害に抗議している人物だと聞いていた。そしてロシアもそこに加わってほしいと 言う。あなたを含めて、多くの人をがっかりさせるかもしれないが、私はそんなことにはかか わりたくない、と言ったんだ。すでにロシアとアメリカとの関係は難しくなっていたので、そ れ以上こじらせたくなかった。しかもスノーデン氏は自分のほうからは何の情報も提供せず、 ただ一緒に闘ってほしい、それを約束してほしいの一点張りだった。そしてこちらにそのつも りがないとわかると、そのまま姿を消したんだ」
―――そのまま姿を消した?
「ただその後、スノーデンがモスクワに向かっており、そこで別の便に乗り換えて南米に向か うという報告を受けた。私の記憶違いでなければ。だが彼が向かおうとしていた国々は、積極 的に受け入れようとはしていなかった。しかもこれはわれわれが独自に入手した情報ではなく、 他の情報源からもたらされたもので、彼が機上にいるうちにメディアに漏れてしまった。結局、 彼は旅を続けられなくなり、乗継区画から動けなくなった」
―――アメリカはスノーデンが機上にいるあいだにパスポートを無効にした。そんなことは前代未聞だ。
「それは覚えていないが、いずれにせよスノーデンが旅を続けられなくなったのは明白だった。 彼は勇敢な男だ。無謀と言ってもいいだろう。そして自分に勝ち目がないこともわかっていた。 乗継区画に四○日間とどまっていた。その後、われわれが一時的亡命を認めたんだ。もちろん アメリカは引き渡しを求めてきたが、そんなことは当然できない」
―――なぜ?
「当時はアメリカと法務協力協定を締結するための交渉中だったからだ。それはわれわれから 働きかけたことだ。そこには犯罪者の相互引き渡しも含まれていたが、アメリカは協力を拒否 していた。われわれの方から提案した合意文書に署名することも拒否した。ことロシアの法律 については、スノーデンは何も違反を犯していない。犯罪行為は一切働いていない。だから犯 罪者の相互引き渡し協定が存在しない以上、そしてアメリカが同国に亡命を求めてきたロシア の犯罪者を引き渡したことが一度もないことを鑑みれば、われわれに選択肢はなかった。われ われが一方的にアメリカの求めに応じてスノーデンを引き渡すことは絶対にできなかった」
―――オバマとは直接電話で話したのか。
「機密事項だから、この番組のなかで話したくはないね」
―――ぜひこれは聞いてみたいんだが、KGBの元エージェントとして、スノーデンの行動は生 理的に受けつけないほど不愉快だったんじゃないか。
「いや、そんなことはまったくない。スノーデンは国を裏切ったわけではない。母国の利益に 背いたわけではないし、母国やその国民を危険にさらすような情報を他国に渡したわけでもな い。彼は世間に公開するかたちでしか情報を出さなかった。それはまったく性質の違う話だ」
―――なるほど。彼の行為は正しいと思ったか。
「いいや」
―――アメリカの国家安全保障局の盗聴は行き過ぎだったと思うか。
「もちろん、まちがいなく行き過ぎだ。その点についてはスノーデンは正しかった。ただあな たの質問への答えとしては、彼はあのような行動を採るべきではなかったと思う。自分の仕事 に気に食わないことがあったのであれば、さっさと辞めればよかっただけの話だ。だが彼はそれ以上に踏み込んだ。私は個人的にはスノーデン氏と会ったことがなく、報道を通じてしか知 らない。自分があのような行動によって母国を何らかの脅威から守ることができると思ったの なら、そうする権利はあったと思う。それは彼の権利だ。ただそれが正しいか正しくないかと聞かれれば、私は間違っていると思う」
ー――つまりスノーデンは告発をすべきではなかった、と。基本的には仕事を辞めるべきだった と考えているわけだ。あなたがKGBを辞めたときのように。
「そのとおり。そんなふうに考えたことはなかったが、まさにそうだ」
ー――昨日聞いた話から推察すると、あなたが辞めた一因は、共産主義者が支配する政権には仕 えたくなかったということか。
「私が辞めたのは、ゴルバチョフに対するクーデターという共産党指導部の行動を正しいと思わなかったからだ。そしてあの時期に諜報官として働きつづけたくはなかった」
ー――NSAの行為が行き過ぎだったと言ったが、ロシアの諜報機関の監視活動はどうだろう。
「かなりうまくやっていると思う。ただ既存の法的枠組みのなかできちんと任務を果たすことと、法律を犯すことはまったく違う。わが国の諜報機関は常に法律を遵守する。それが一つ。 そして同盟国に対してスパイ行為を働くのは・・・・・・もし相手を属国ではなく本当に同盟相手と見 ているのなら、きわめて不適切なことだ。そんなことはすべきではない。信頼を損なう。それ は最終的に自らの国益を損なうことになる」
―――だがアメリカの監視機関がロシアを徹底的に監視していたのはまちがいない。
「そして今も監視を続けている。まちがいない。私はいつもそう考えてきた」
―――映画『スノーデン』のなかで、スノーデンが同僚にハワイで「ヒートマップ」【訳注ど の地域でどれだけの盗聴活動が行われているかを示す図】を見せる場面がある。そこからはアメリカ国内で、ロシアで収集する数の二倍、実に数十億件単位の電子メールと通話を収集して いることがわかる。ロシアは二番目。一番多いのがアメリカだ。
「それは事実だろう。残念ながら、それが今日の諜報機関のあり方だ。私ももう大人だから、 世の中がどんなものかはわかっている。だがそれでも自らの同盟国をスパイするというのはい かがなものかね。どうにも認められないな」
―――それでもアメリカを同盟国と呼ぶのか。
「もちろんだ。だがそうした行為は同盟国の信頼を損なう。そして関係を壊す。単に専門家と しての意見だがね」
――アメリカがロシアをスパイしていたのだとしたら、ロシアだってアメリカをスパイしてい たんじゃないか・・・・・・アメリカはきっとロシアもわれわれをスパイしていたと言うだろう。
「それはそうだろう。アメリカがわれわれをスパイしていることに何も文句はないさ。ただ一 つ、とびきりおもしろい話をしようじゃないか。ロシアで劇的な変化、政治体制の変化があっ た後、われわれは周囲はすべて同盟国だと考えた。アメリカも同盟国だと思った。そこでロシ アの諜報機関であるKGBの長官が突然、パートナーであるアメリカの高官とモスクワのアメリカ大使館で面会し、それまで使っていた盗聴システムを手渡したんだ。それも一方的にね。 思いつきからの突然の行為だった。米口関係が新たな次元に移ったことを象徴する信頼の証と して」
―――それはエリツィンのことか?
「いや違う、ロシアの諜報機関のトップだ。エリツィン政権時代のことだがね。彼を裏切り者 という者も多かった。だが私は、この人物は米口関係の性質が変化したことの象徴のつもりで やったのだと確信しているんだ。だから諜報活動もやめるつもりだ、と。だがアメリカ側からのそうした対応は一切なかった」
ー――米ロ関係においてスノーデン事件は転換点だった。アメリカにおける新保守主義ネオコン運動にとって重大な問題だった。それを契機にネオコンは再びロシアに照準を合わせるようになった。ウクライナ問題が持ち上がったのは、それからまもなくのことだ。
「そのとおりだ。多分明日、それについてはもっと突っ込んだ議論ができるだろう。ただスノ ーデンについては、ロシアの立場を十分説明したと思う」
ー――現実主義者として、政治的現実主義者として、私はスノーデンはゲームの駒だったと考えている。
「その見方はまちがっていると思う。スノーデンが国家の反逆者だったのであれば、ゲーム 駒だったのかもしれない。彼の行動に対する私の見解はこうだ。私は彼は大した男だと思う、 独自の意見を持っており、それを貫くために闘っている。自らの正当性を示そうとしている。 この闘いにおいて、あらゆる努力を惜しまない」
―――スノーデンには三年間の滞在期間延長を許可したわけだが、そうした状況を踏まえれば、 何があろうと彼をアメリカに引き渡すつもりはない、と。
「ないね。何があろうとも。なぜなら彼は犯罪者ではないからだ」
―――ロシアの法律は犯していない?
「アメリカのパートナーはスノーデンが法を犯したと言っている。だがロシアでは何の法も犯 していない。しかもアメリカのパートナーが合意への署名を拒否したために、両国のあいだに 政府間の犯罪者引き渡し条約は存在しない。ロシアで罪を犯した者がアメリカに逃げても、ア メリカはこちらへの引き渡しを拒んできた。われわれは主権国家であり、双方向性のない犯罪 者の引き渡しを決断するわけにはいかない」
――つまり、アメリカが合意に署名したら、スノーデンの送還を考慮することになるということか。
「われわれはアルメニアとのあいだでそういう合意を結んでいる。その後ロシアの軍関係者が アルメニアで罪を犯した。協定に基づいて、彼はアルメニアで裁判を受けることになるだろ う」
ー――アメリカがどうしてもスノーデンを取り戻したければ、ロシアとの犯罪者引き渡し協定に 署名するだろうか。
「もっと早くやっておくべきだったな。もう手遅れだ。法律を遡って適用することはできない。 だから今後われわれが協定を結ぶことがあっても、法律は署名後に発生したケースにしか適用 されない」
―――なるほど。納得だ。 「彼らの失敗によってスノーデンは助かった。さもなければ今頃は塀の中だ。彼は勇気ある人 物だ。それは認めよう。そしてかなりの個性の持ち主だ。これからどういう人生を送っていく つもりなのか。まるで想像もつかないよ。
―――一つだけはっきりしている。世界中で彼が安全なのは、ここロシアだけだ。
「私もそう思う」
―――ここに非常に大きな皮肉を感じるんだ。かつてはロシアの亡命者がアメリカを目指した。 今はそれが逆になった。
「だがスノーデンは反逆者じゃない」
―――私もそれはわかっている。
「それが一つ。そしてもう一つ、今あなたが言ったことは、何の不思議もない。なぜならあち らがどれだけロシアを悪者に仕立てようとしても、今日のロシアは民主国家であり、主権国家 だからだ。それはリスクを伴うが、同時にすばらしく価値のあることなんだ。今日の世界には、 本当に主権を行使できる国家は数えるほどしかない。それ以外は同盟国の義務とやらを負わさ れている。実際には、自らの意思で自らの主権をしばっているんだ。それぞれの選択として」
―――ありがとう、大統領。明日はウクライナの話から始めよう。
「おおせのとおりに。私はもう少し、仕事をするとしよう」