五感をめぐる冒険、あるいはアナログの逆襲 第2話
「わざわざ」を愛する
あらゆるデジタルテクノロジーは世界を速くする。コミュニケーションをなくして、すばやく何もかもを可能にする。スマホ一つあれば、離れている恋人の顔を見て話せるし、今日の晩御飯は家まで届けられる。
それはとっても簡単で便利だけれど、なんだかあっという間であっけない。わたしは、めんどうくさくて趣深いものを愛す。
✉️ その1 手紙 ✉️
遠く離れた友人と、もう長いこと文通をしている。便箋と封筒を決めたら、ペンを動かす。もう空でも言える相手の住所を書いて、郵便局で選んだ切手を貼る。相手の顔を思い浮かべながら、ポストに投函する。
最近では手紙が届くのも遅くなって、切手も、文通を始めた頃に比べるとずいぶん高くなった。どんどん不便になっていくけれど、その分返事がくる喜びもひとしお。
じぶんの文章を読んで、それに返事をくれるひとがいるっていうだけで生きていける。
🎞️ その2 映画館 🎞️
映画の思い出は、映画館とともにある。
ユーロスペースの平日夜に観た『海炭市叙景』(熊切和嘉)は、数人しかいない客席も手伝って、帰り道、渋谷駅までの寒空が本当に心細かった。旅先の京都で観た『監督失格』(平野勝之)は、エンドロールが終わっても立てない人たちの中に、旅行かばんを抱えたわたしもいた。隣の人を近くに感じた映画もあったし、座席が心地良くて眠った映画もあった。
退屈だった映画を一言「つまらなかった」と片付けてしまうのは簡単だ。けれど、映画の後に立ち寄った喫茶店で頭に浮かんでしまうのは、映画のワンシーンだと思う。映画館独自の空気の中に、映画たちは思い出される。それは、映画館ならではの体験だ。劇場までの道のりも、待合のロビーも、終演後の売店も、わたしにとってはまるまるいっこの映画体験だ。そして、他者とともに体験する、ひとつの社会だ。
🎹 その3 レコード 🎹
なるべくアナログにいたいと思い、遅まきながらレコードを集めるようになった。すると、BGMとして作業の背景にSpotifyを流していた時間が、今では、ただ音楽に耳を傾ける時間になった。それはきっと、音楽が「見える」からだ。時計回りにくるくる回る盤の上を、針は外側から内側に向かって進む。針が溝に引っかかって、録音された音が摩擦によって奏でられる。それが増幅されて、スピーカーから音が出る。何も生音でなくとも、音楽は映画とおんなじ体験なんだと気づいた。
そして、レコードのジャケットは大きい。飾っているだけでポスターになる。DURAN DURANの「RIO」もKRAFTWERKの「Computer World」も、アートワークから入ったと言っても過言ではない。この前は『蒲田行進曲』(深作欣二)のサントラを買った。DVDとパンフレット以外で、映画を「所有」できることも知った。
いま、レコードは世界的に売れている。WHITE STRIPESのジャックホワイトはThird Man Recordsという会社を経営していて、レコードの復権に一役買っている。“Your Turntable's Not Dead.”(あなたのターンテーブルは死んでいない。) というスローガンで、レコードを刷って販売し、レコードストアデイにはスペシャルエディションを発表する。そうやって、彼はアナログの素晴らしさを伝えている。本当に大事なものは、自分の手で守らなきゃいけない。そういうことを彼に教えられた。
つづく