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あなたの人生の絵具箱にしあわせ色は何色ありますか。
若い頃、スウェーデンで見つけた希望色、温かなスープを飲んだ癒し色、
哀しくて泣いた涙色、寒くてかじかんだ手のひらを温めた息色、
誰もいない部屋の孤独色・・・
みんな懐かしい遠い記憶になってしまうと、全部がしあわせ色になります。
スウェーデンに旅立った若い頃の私の旅日記
エッセー集『しあわせ色づくり』講談社1983年出版は、
私の前半生分のパレットとして綴っていますが、
そこからまた歳を重ね、絵具は増えて行きました。
箱に入りそうもないけれど、こんな色のしあわせもあることを、
スウェーデンの街角や日常生活で、そして私の人生観を色彩に託して
お伝えして行きたいと思います。
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北欧スウェーデンの蒼い空に太陽色の十字の国旗を有し、
首都ストックホルムは東京から8,194km離れた、
北極圏に近い美港の都市です。
夏は太陽の沈まない白夜、そして冬は長く暗い季節を持つ国です。
だからスウェーデンの人々は日常に色と光を大切にして暮らしています。
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今、東京は桜が咲く頃ですが、
ストックホルムはやっと雪の下から雪の雫という花が覗いた頃です。
この港のあるガムラスタンは若い頃の通学路。
このフェリーに乗って対岸にある学校に通いました。
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秋 色
毎年、秋の風が吹く頃に
スウェーデンの首都ストックホルムにあるテキスタイル学校
(Handarbetets Vänner Vävskolan)私の母校でもあるのですが、
ここでデザイン講師として教壇に立ちます。
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2年と1年制、6ヵ月、刺繍科、
その年によってカリキュラムは違いますが、
その全科の生徒にデザインを描くというイメージを中心に講義をします。
スウェーデンの学生は自由な発想と思わぬ線や面を出してくれます。
この建物は王宮と全土の教会で必要とされるすべての布製品、絨毯、
カーテン、そして国王や神父の衣類などを制作するためだけに、
150年前に王立の専属アトリエとして建てられました。
現在はその技術を継承するための学校と国連を始めとする、
多くの公共施設や美術館のために作品を制作し、
多くの芸術家を輩出しています。
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5階建てのこの建物は創立以来改装されることもなく、
大理石の中階段は人々の時の足跡で曲がっていて、
スタッフも生徒も私も大好きな凹みのカーブを描いています。
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建替えを求める政府と保存を求める私たち、
どのように残って行くのでしょうか。
5階のアトリエの壁には織糸や刺繍糸が埋め尽されて、
大きな織機や裁断のテーブルなど所狭しと置かれています。
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時々、私も5階のアトリエでスタッフに混じって作品を作ります。
どんな色糸も色布も備わっていますが、
無かったら地下にある染色工房で染めることもできます。
1階はギャラリーとショップです。
2〜4階までは織機の並ぶ教室と講義室、
そしてキッチンを備えた食堂があります。
学 び 色
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私の留学の日々は学費と材料費と、食費を賄うためのアルバイトで
寝る暇さえない状態でした。
スウェーデンでも最も由緒ある学校、
ストックホルムにあるHandarbetets Vänner Skolanは、
その当時は入学を憧れる若者たちが、2年も待っても入れない
難関の学校でした。
スウェーデン語の話せない私には論外でした。
早く学んで帰国したいと焦る私の気持ちなど解ってもらえる筈もない。
校長に直訴しましたが、スウェーデン語も話せず、
まして織物の基礎も知らない私を受け入れて貰える筈もありません。
無料で教えてくれる移民局でのスウェーデン語を学びながら、
この学校の玄関先に座り込みました。
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アルバイトは皿洗い、老人宅の掃除、運転手、
そして座り込みの日課は一ヶ月ほど続いたある朝、校長が言いました。
もう根負けしたこと、正規の学生では受け入れられないけれど、
校長直々に暇を見て教えてくれることになったのです。
今、現在でもこの学校では私の名前を知らない人でも、座り込んだ日本人として有名人です。笑
校長室には濃紺に塗られた小さな織機が備えられて
私を待っていてくれました。
一年が経って、正式に入学を許可されるまで無我夢中の学びでした。
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スウェーデンやニューヨークにも名を馳せるデザイナー、
色を言葉で教える教授、
スウェーデンの独特な色に糸を染め上げる染色家の先生、
高みの技術をもった先生たちが目をこちらに向けて、
笑いながら側を通っていました。
そして私はこの教授たちから、
直々に教育を受ける幸運に恵まれました。
旅立ちの色
もう半世紀も前のことですが、勤務していた日本航空を辞めて、
滑走路の誘導灯だけが輝くクリスマスの夜の羽田から日本を後にしました。
23歳になったばかりの一人きりの旅立ちでした。
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持って行ったのはたった一つのスーツケース、
中身は大好きな布施明さんのカセットテープ二つと、下着と服だけでした。
心の重荷を脱ぐための軽い、軽い冬の旅立ちの装いでした。
今から思えば無謀な行動でした。家族の了解も得ず選んだ道でしたから。
東京で暮らした勤務時代は、希望に膨らんだ私の青春にとって過酷なものだったからです。もう理由は書きません。
終わったことですし、それがあったから今の私があるからです。
暗い夜空であればあるほど、星たちが輝いて見えるように、
その苦悩という暗闇の日々があったからなのですから。
蒼色の決断
スウェーデンに留学を決めた、たった一つの理由があります。
一度、旅で訪れたスウェーデンの片田舎の出来事が、
私を変えてしまったからです。
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スウェーデン人のペンフレンドを訪ねた旅でのことでした。
彼女の家の玄関を開けて挨拶もそこそこに、
まず飛び込んで来たのは一枚の擦り切れたマットでした。
端っこがほつれて足に踏み込まれて破れているのに美しい蒼いマット、
座り込んだ私は手で撫でているのに言葉が出ませんでした。
どうしたのと怪訝そうに問う彼女に、ひとこと言うのがやっとでした。
「きれいなマットですね」
「あら、これはね。私が結婚した頃の服を裂いて織ったものなの。
もう古くて破れて・・・」と笑いながら、さあ、立ってと私の体を起こしてくれました。
ただその一瞬が私の人生を変えたのです。
多くの人の足に踏まれ、破けてボロボロになっても、色が薄れても、
なお人の心を惹きつけて止まない、こんなものを作りたい。
ただそれだけのことでした。
それは色褪せてしまっていた私の心に似ていたのかも知れません。
その蒼い美しさは今も目に焼き付いて鮮明に思い出すことができます。
旅から戻った私は2年間を夢中で働き、留学費用を貯めました。
人 参 色
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留学時代通ったカフェが、この街にまだ残っています。
いつもチーズを挟んだパンが添えられた”人参スープ” を頼みます。
スウェーデンは寒い国なので、
美味しいスープのレシピはいっぱいあります。
その中でも栄養たっぷりの人参を使って、少し私流にアレンジしています。
小麦粉アレルギーの方のためにも召し上がれるように。
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Keiko’s cooking-1 人参スープ(2人分)
材料:
人参 2本
玉ねぎ 1/2個
セロリー 1/2本
米 大さじ2
オリーブ油 大さじ1
水 500ml
豆乳or牛乳 50ml
ローリエ 1枚
塩 小さじ1
パプリカ小さじ1/2コショウ少々
作り方:
①人参、玉ねぎは薄切り、セロリーは乱切りにして、
オリーブ油をひいた鍋で軽く炒める。
②1に水を入れて軽く洗った米、ローリエ、塩コショウ、
パプリカパウダーを入れて、沸騰するまで強火で煮る。
③火を弱め、人参が柔らかくなるまで煮る。
④アクを取って火を止めて、全体をミキサーにかける。
⑤もう一度、中火にかけてよくかき混ぜ、塩加減で味を整える。
⑥豆乳あるいは牛乳50ml入れて出来上がり
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