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一番純粋な歌は誰かのための歌〜anagonの日記 7/26〜
はじめに
今日は音楽デー!って感じでした。
毎日音楽ができるって幸せだなと思います。
①今日あったこと
・LES WORLD ACADEMY講師した
・Laff企画のオンライン講演した
・LIFE is a SHOWの音源リメイク
・水曜日のダウンタウン見てた
今日はLWAで、作詞作曲を教えたり、オンライン講演で僕の話をしたり歌ったり、音源を作り直したり、音楽デーでした。幸せでした。
②今日思ったこと
1.一番純粋な歌は、誰かのためへの歌だって話
以前佐賀の方で、須賀izanai連さんのもとでヨサコイを踊らせていただいた時、
代表の國友先生がおっしゃった
「一番純粋な踊りは、誰かのために踊ること」
という言葉が、今も僕の中に深く刻まれています。
その日は、数時間なかなかにハードな練習に参加させてもらい、その後、須賀izanai連の演目を目の前で見させていただいたのですが、
その演目を見た時、
「あぁ、目の前で見ているこの踊りは、僕のための踊りなんだ」
と感じました。
そして涙が出ました。
まさに、誰かへの踊りであり、最も純粋な踊りでした。
当時は、もうこの体験で胸がいっぱいで、言葉を吟味したりする余裕もなかったのですが、
今改めて思うと、
あの踊りは、願いでした。
「いい世の中よこい」「あなたに幸せが訪れますように」
という、心からの願いが、体の動きとなりエネルギーとなり、愛となり、放たれる。
その濁りのない願いを、愛を前にしては、人はどうしようもなく、ただ愛され、裸になる。
空手家の大策さんの
「人は愛でこられたら、どうしようもない。」
という言葉も同じく僕の心に深く刻まれている言葉ですが、まさにあの体験こそ、愛をぶつけられ、どうしようもなくなった体験でした。
誰かのための願い、言い換えれば愛で満たされた言葉や表現は、一切のエゴを持たない純粋なもので、
それらを前にして僕らは愛されるしかない。
果たして僕の歌はそうなれているんだろうか。
初心に帰り、心からの願いを込めて音楽を作っていきたいと思います。