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わたしが ほしかったもの。 想いを 繋いでいく ために。



こんばんは。 noteさん。

窓辺にかかる枝がだんだん伸びて、いっぱいに光を受け止めています。
肌を湿らせる懐かしい空気に、今年はじめてのエアコンをつけました。
つくられた、心地よい空間は、なかなか抜け出せなくなります。


あたらしい節目を迎えた、今年の春。
この歳になって初めて、と言っていいくらいの、
社会貢献、、といわれることをしてみました。

いつも思い描いてばかりの、わたしにとっては、
行動するまでのハードルを越えたのは珍しいことで、
いつもみたいに、迷っている間に流されてしまいそうな、
小さくて、大きな一歩でした。

それからしばらくの間は、
何者 でもない、ただ 生きているだけの、わたしが、
ほんの少し、世界の、誰かの、役に立つことができたのが嬉しくて、
とても晴れやかで、それでいて穏やかな、
やさしい気持ちで過ごしました。

久しぶりに、こころが満たされていました。
やっと、大人、っていえる存在、になれたような気がして。



あれから、数ヶ月。
自分で書いた、わたし宛の封筒が届きました。

季節も変わって、すっかり忘れてしまっていましたが、
あのときの気持ちを思い出して、ちょっぴり嬉しくて、
ワクワクしながら、封を開けていました。


記念の品が、入っていました。
そのもの、だけ。

確かに届きました、っていう証なんだろうなってことは、分かりました。
あなたは協力者です、ただ、それだけのこと。

なのに、その品をながめながら、
あの日から、ほんわり膨らんでいた、あったかいこころが、
しぼんでしまったような、気がしました。


自分でも、とても驚いています。
見返り、なんて、求めていなかったんです。
ただ、どこかの、誰か、のためになれればいいと思っていた、
はず、なのに。

何となく思い続けた気持ちを、
長い時間がかかって、やっと実現できたことだったので。

なんだか、機械的な感じがしてしまったんです。
その封筒から出てきた、モノの存在が、
わたし、を、何かのシステムの一部にされてしまったような。
まるで、一方通行の世界、だったように、思えました。


記念の品をいただくよりも、もっとシンプルなこと。
そこには存在しなかった、何か、が、
欲しかったのだと思います。


たぶん、わたしが求めていたのは。

ささやかな、ことば。


本当は、返信なんていらなかったんです。
人の役に立つ、良いことをした、っていう、自己満足を満たすだけなら、
自分の、気持ち、だけの中で、完結できたのに。

お返事をいただける、というルールが決められていたことで、
意識をしていないどこかで、期待してしまっていたんですね。

無償の精神。
何も求めずに、ただ、誰かの助けになるって、
本当に、とても難しいものなんだなって、思いました。



誰かに向き合っているときに、
気付かないうちに、欲してしまうのは、
相手の気持ちなのかもしれません。
どんなに無欲でありたい、と願っていたとしても。

贈った想いを、受け止めてくれた、その証として。


ひと と ひとが、交わったときに、
そこに生まれた、みえない気持ち。
それを繋いでくれるのは、きっと、
モノ よりも先、にあったはずの、もの。
、、、なんじゃないかなって思います。

それは、口に出すことばだけじゃなくて、
いろんなかたちがあって。
曇りから晴れに変わった表情とか、いつもより明るい声だとか。
反対に、押しつけられて、困っている顔も。
想いをもらったときに、ひとりで想像したこと、
その中にあってもいいんです。


どんな、ありがとう、であっても、
その想いに、伝えること。
それによって、また、新しい、
ありがとう、に繋がる、そんな気がします。

その小さな巡りが、広がった世界は、
何も受け取らない、今よりも、
微笑みが、たくさん、ある。
たぶん。 、、きっと。




だれかの気持ちに触れたとき、
それを感じられる、こころと、
ありがとさんきゅーって伝えられる、
わたしでいたいな、と、思っています。



追伸。
また、わたしの想いを育てはじめました。
次に会える日まで、
あなたのことばを楽しみにしています。













町で見かける募金でも、ときどき記念の品をいただくことがあります。
この品を作ることが、誰かに巡っていく、かたちになっているのかなって、
いつも気になっています。
一時のただの作り物として、部屋のどこかに置き去りにされるのなら、
支援を求めている方に、少しでも多く廻ってほしいなと思ってしまいます。



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あな*ぶ*ろぐ
 最後まで、読んでくださって、ありがとうございます。。