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アラブとアタシの馴れ初め年表

はじめに

日記を投稿するといろんなジャンルの話題が混ざる気がするので、ごちゃつく前に私のバックボーンを紹介する試みです。今ただひとつ見据えているアラブへの熱というか、軸がブレないように、現地に行こうと志した経緯をざっと書いていこうと思う〜。
最初に言っておくと、ふんわりとでっかい夢を語るのは恥ずかしい。それゆえ身近な人にもなかなか打ち明けられていない思いの丈が燻っているので、ここに記しておくことにします。


2021/11【邂逅】

私が通う学部では、「英語を含めた外国語」の単位を一定数取れば進級できることになっている。性別を持つ名詞に一切関わらずとも、未知の母音に遭遇せずとも生涯を終えることができる。しかもイタリア語とかドイツ語が1コマ1単位なのに対して、英語は1コマ2単位。2倍のコスパの良さである。

1年生の春、私は迷わず英語を選択した。仲良しもたくさんいたし。
来る秋、ここでも英語をとれば進級要件が満たされるというところで「英語だけで終わらせちゃうの勿体無いな」という気持ちが湧いた。我がキャンパス、英語のコスパがいいので英語教育推進派なのかと思いきや、他言語のラインナップもなかなか魅力的。せっかくなら一番突拍子もない言語が良かったので、インドネシア語かアラビア語か迷って直感でアラビア語を履修することにした。ここで回り道してなかったら出会えなかったってこと〜。

でも最初は、取るべき2単位を取ったら縁を切る予定だった。今や「馴れ初め♡」とか言って甘々なタイトルをつけるような仲(擬人法)だけど、元々もっとドライな関係で終わらせるつもりだった。アラビア語って習得がかなり難しいので2単位取れれば及第点だろうと。
pとかvの音はないくせにsとかdとかhとかtとかは何種類かあって、しかも28種類あるアルファベットのうちほとんどが、語頭/語中(例えばcatの"a")/語尾の内どこに配置されるかで形を変える。そして一文字一文字が独立せずに前後と繋がるので厄介。英語の筆記体でよくある、小文字のLかと思ったらBだった!の Lev.276 だと思ってもらえたら良い。そんな感じでアルファベットの判別に若干苦戦したまま、だがしかしバッチリ2単位を獲得して秋学期が終了。

書き写しの宿題
絵を模写する気分で毎回30分くらいかけてやってた


そんなアラブの世界が急に心の半径3m内に侵入してきたのは大2直前の春休み、お友達に誘われて参加した3日間のアラビア語合宿でのこと。
シリア人教授のご友人やこどもたち、他の学年の履修者と交流して、そのコミュニティにものすごく居心地の良さを感じた。あとアラビア語履修者はみんなパンチが効いていて面白い。シナモンが大好きな人がいれば苦手な人もいるように、合う合わないは片足突っ込んでみないとわからん世界だなあと思う。けど、私にはしっくりきた。
実はバイト漬けだった私が3日間も働かないというのは奇跡のスケジュールで、知り合いがほぼゼロの環境にびびってもいたので、参加を少し悩んでいた。だけど大好きな友人に誘ってもらえて足を運んだこと、間違いじゃなかったなと思う。ありがとう!

ちなみにアラビア語が使われている中東〜北アフリカの国々は多くがムスリム(=イスラーム教徒)がマジョリティの国で、イスラーム文化とアラビア語は密接に関連している。ということを知ってからはイスラームに関する授業も取るようになり、これもまた私の研究とは切っても切り離せない存在になった。アラブ人の語尾にやたらくっ付いてくる「ッラー」の正体を知ったのも、後々の出来事…この話はまたどこかで。


2022/08【いすみー・らてぃーふぁ】

シリア人の教授に名前をつけてもらった。

لطيفة
読み:ラティーファ/latifa
意味:courteous {adj.} /charming {adj.}/ sympathetic {adj.}/ kind {adj.}

私の日本語の名前と性格に因んだものを名付けてもらったんだけど、「アナタ、名前通りの性格してるわね」と先生に言われたのが嬉しかった。お父さーん、お母さーん、願いを込めてくれた通りの人間に、育ちましたよーーーーーっ。日本語にすると本名がうっすらバレそうだったので、意味は英訳で茶を濁すことにした。

生まれた時にその後の人生を見据えてつけてもらった名前と、それを元につけてもらった今回の名前。それぞれ性質は違えど、名前をもらうということは変わらず重みのあることだなと思う。
初めて名前を呼んでもらえた時のことを、多くの人がそうであるように私も覚えていない。だけど今回は先生にアラビア語の名前をつけてもらった後、真っ先に子どもたちが「らてぃーふぁ!!」「わああ、今日から、らてぃーふぁなのーー?!」と呼んでくれた瞬間が嬉しかったのを覚えている。ひとつ目の名前をつけてもらった時には物心ついていなくて感じ取れなかった喜びを19歳にして味わうことができた。


2023/02【胃袋ガッチリ掴まれた】

2023年春、語学研修でモロッコを訪れた。20歳にして初めての海外。
2週間のホームステイ+前後ホテル泊+機内泊で合計3週間ないくらいの短期留学だったけど、井の中の蛙だった私には十分刺激的な経験だった。
語り出したらキリないので詳細は割愛するんだけど、モロッコでの最大の気づきはこれ。

"Tastiness has NO border"

なんて素敵なの。これを墓石に刻んでもらえるような人生送りたい。

無水調理で野菜ってこんなに美味しくなるんだ!とタジンを食べて初めて気づく野菜のポテンシャルがあったり、お粥を甘くして食べる/冷や飯をサラダにぶち込むみたいな新しいお米の食べ方に遭遇したり。
当時ペスカタリアン(軽めの菜食)をしていたんだけど、どこのお店にも大体肉魚野菜の選択肢があって日本より外食が快適だったし圧倒的に安価。
そしてなにより幸運だったのは、料理上手なホストマザーに出会えたこと。彼女とは食と健康に関する考えがピッタリ合っていて、作ってもらったお料理とお菓子は写真を撮ったり材料を聞いたりして欠かさず記録した。「モロッコうまいもんフォルダ」は私の宝物。今回は出し惜しみますが悪しからず。

モロッカン・ブレイク・ファスト
パンやジャムはアーイシャの手作り。お茶はモロッコ人にしては珍しく、お砂糖控えめ

国を超えても、うまいもんはうまい!!!異論は認めません!!!!
最近の日本ではメディアの影響で、アラブやイスラームに対する物騒なイメージが増長されているけれど、実際は皆が思うよりもっと陽気でお茶目で素敵な人々と華やかな文化が眠ってる。
そこで、「もしや美味しいものたちが、日本人がアラブを知るきっかけとして一役買ってくれるのでは〜」と考えたのがこの頃。東の果てで生まれ育った私、西の果てで開眼した!!

こりゃ悟りも開けますわな


2023/09【アラブ、昇進する】

2023年の夏、友人に誘われてとあるコンテストに参加した。
地域を活性化させるためのアイデアを競う企画、そこで「カフェを拠点に、ムスリムフレンドリーな街を目指すのはどうでしょう」的な提案をして思いがけず優勝したのが大きな転機になった。

真面目な話をすると、ムスリム人口が国内外で爆発的に増えている今、日本はもう少し彼らに優しい場所であってほしいと私は思っている。日本に来て、礼拝所が少ないことや食の禁忌(ムスリムはアルコールと豚関連の食材を摂らない)を守ることに苦労する人が沢山いるらしい。観光客、(主に東南アジア系だけど)技能研修生、留学生も増えているというのにあんまりじゃないか!と毎度悔しくて、その思いをコンテストで爆散させてきた。

宗教の話に抵抗を感じる人は少なからずいるよなあ…と日和る自分もいたけど、寝不足のテンションで漫才風のプレゼン台本を書いたら、それが思いの外ウケた。審査員が選ぶ最優秀賞と同時に、市民が選ぶオーディエンス賞を受賞できたのは正直想定外だった。まさか自分がイスラームを熱弁して人の心を動かせるとは…。

コンテスト後には「本気なら実現のために力を貸すよ」と言ってくれる大人が何人もいて、友人と真剣に悩んだ。東南アジアのことも知りたくてインドネシア語も勉強したし、就職せずにカフェを経営する人生を何度も思い描いた。だけど彼女には彼女の専攻や人生プランがあって、話し合いの末に起業は断念。
私1人で興す度胸はなかったけど、「自分だからできること」がこの分野にあるような気がして、飛び立つことを決意した!!
このコンテストの関係者とは今でもご縁が繋がっていて、本当に貴重な成功体験だったなとしみじみ思う。

優勝景品のひとつ、日本酒「梵 ー夢は正夢ー」


2023/12-【旅支度】

これが当初の予定。この後ワケあって少し変更になってしまうのだけど、理想のプランということで紹介します。
学校に通うわけではなく、全てホームステイで家庭料理を中心に教えてもらう。教授や知り合いの伝手で、英語でコミュニケーションが取れる女性がいるお家を探した(私の語学力が低い^^)。

● 2024/09-2024/11 ヨルダン・アンマン
● 2024/12-2025/02 エジプト・カイロ
● 2025/03 モロッコ・ベンスリマン
● 2025/04 モロッコ・ラバト
● 2025/05-2025/07 トルコ・イスタンブール

大まかな旅程が決まったら怒涛の貯金生活の幕開け!せっかくなら仕事しながら勉強できるところがいいな〜と考えてアラブ料理屋さんのインターン生に転身した。
さあここからは、100万円を目標に働きまくる10ヶ月…。
本当に良いところに拾ってもらいました。仕事中のミラクルやハプニングやあれやこれやの醍醐味は日記として紹介するかもしれないし、しないかもしれない笑。お楽しみに。

ちなみにヨルダンとおさらばした現在は、国内に住むムスリム家庭にお招きいただいて料理を教えてもらっています。もうほーーーんとに面白い発見がたくさんで、その様子やレシピも追って書きたいところ。

チラ見せ。んふふ


さいごに「結局、何目指してんの?」

これを聞いてくる人は嫌いahaha
JICAのヨルダン支部で働きたくて、とかエジプトで日本語の先生したくて、とか具体的なビジョンが見えてなきゃダメかしら。

ここまで読んでくれた人ならうっすら気づいているかもしれないけど、私の人生は出会ってきた人や環境のおかげで豊かになってきた。ご縁に報いたいというのが私の指針であり、その恩返しのために「自分だからできる」ことがあるような気がするけど何かわからないから、探しに行くというのが渡航の動機。
何人お友達ができるだろう、どんな美味しい料理を食べられるかな、果たして私の口に合わないアラブ料理は存在するのか(強気)……まだ検討つかないけど、新しい環境に行けば必ず何か見つかるのは経験則でわかってる。今までこれといった困難なく生きてきたので、取り返しがつく範囲で失敗もしてみたくて、経験を買いに行くような気持ちでいます〜

4年間しかない大学生活、興味のあることを知り尽くせてないのに3年目で就活始めちゃうのは早い気もして、かといって大学院に行くというのは容易いことでもなくて。だから最長で4年もの猶予をくれる大学にはしばらく待ってもらって、未知の世界を彷徨くことにした。のんびり上等ダァ!

2024/11/06

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