恋するカレン
娘の名前はカレン、漢字で書くと果恋である。
名前を聞かれて答えると、漢字はどう書くの、という質問になる。「果物の果に、恋するの恋」と答えると、たいてい「えー可愛い名前ー」と言われる。こちらも「うん、可愛い名前にしちゃった」と少しおどけて笑う。娘が生まれて以降、繰り返される会話である。
名前の漢字は強い。自分の漢字がどのように説明されるか、によって、その後自分の名前をある種カテゴライズしていくのではないかと思う。わたしの場合は江美の字を「江戸の江に美しい」と親が人に説明しているのを聞いて育った。なるほどそういう字なのか、と、まだ江戸とは何かを知る前から聞いていたせいで、他の説明の仕方だとしっくりこない。いまは自分も同じように言っている。江戸、と言っているのに、江戸川区の江ね、とか江川卓の江でしょ、とか、違う表現で返してくる人がたまにいる。何となくあまり気分がよくない。まあそうですね、と笑って言うくらいのものだが、それくらい「江戸の江に美しい」がわたしの中で固定化されているらしい。漢字の説明ひとつで寛容さを揺るがすのだから、刷り込み効果とは恐ろしいものである。
カレンもそのうち、「果物の果に、恋するの恋」なんて言うのだろうか? 他に気の利いた表現でもあれば別だが、絶対に迷わず誰でもすぐに分かる説明となると、これ以上はないだろう。
可愛すぎるかな、と思いつつ、苗字につなげて書いたり、家族全員の名前を横に並べてみたりして、一番しっくりきたのが果恋だった。「果物の果に恋するの恋」と、年取って説明したっていいじゃない、と言って決めた。この説明がいつまでもしっくりくる可愛い人であればいい。
いまはまだそんな懸念は遠い先のこと。それより前に、恋するカレン(※)がやってくるに違いない。そちらの方をむしろ心配する夫である。
※恋するカレン:1981年に発売された大瀧詠一のシングル曲。わが家でもたまに聴いてます。