「駄目」と言われてもやり通したこと
今晩の朝日新聞デジタル版の記事。
東日本大震災直後に当時住んでいたアメリカ東海岸のボストンからボランティアとして岩手県陸前高田市に向かった私。長くはいるつもりではなかったのですが、結局、10年間復興活動を地元のみんなと一緒に行いました。
この記事に書いてない裏話。
結論から言うと、東日本大震災後2年かけて太平洋を渡った岩手県立高田高校のこの実習船。カルフォルニア州のある大学の津波研究者が陸前高田市役所を拠点に動いていた私にメール。結果、高田高校の実習船だと判明。それを陸前高田に返す事になりました。
そこから3年かけて高校を姉妹校に。もう2年かけて両市を姉妹都市にしました。当時の市長には応援してもらったものの、色んな人から「駄目」と言われたのを無視し、両市の行政と市民を説得しました。一人でやった事。
もう、漂着してから10年が経ちます。
今でも続いている姉妹校と姉妹都市の交流。
今だから言えるこの話。
「駄目」を無視しました。
このチャンスは見逃せない。そう信じて本気で頑張った結果がこれ。
まじ、大変でした。
が、後悔は一切なし。