短編小説「ごきげんな二人」【後編】
第3章ごきげんなグルメと友情
7.ペンギン、天の川を渡る
「あのぅ、すみません。水族館はどちらですか」
東京の路地裏、彼は困った顔して佇んでいた。ペンギンだ。話し始めた子どもくらいの大きさだろうか、手には笹の葉と短冊を握りしめていた。相手にするにはあまりに奇妙な手合いに見える。
「悪いけど、水族館は…」
その時、隣の居酒屋から魚の焼けるいい香りがしてきた。あまりのいい香りに、僕の腹の虫がぐぅと鳴いた。ペンギンはというと、なんとなく塩らしげだ。
「お腹空いてる?」
恥ずかしそうに頷く彼が、なんだか放っておけなくなって居酒屋の扉を開けた。真夜中にはまだ時間がある。
木曜日の店は、週末に比べればずいぶん居心地がいい。
「半年前に仲間が突然いなくなってしまって…どうやら、この頃日本に居ると教えて頂きまして」
そんな訳ではるばる、とペンギン、店の親父から貰ったアジを、それは旨そうに食べている。
一方こちらは、ペンギンの来店に気をよくした店の親父から、なかなか良い酒を出してもらえて上機嫌だった。
「それで、水族館に行きたい訳だ」
「ええ、日本の水族館には〝シイクイン〟という方がいるんだとか。その方に会えたらなぁ」
「…君、運が良かったな。僕がその飼育員ってやつさ」
人気のない、夜の水族館を二人、もとい一人と一匹で歩いている。こんな事、普段の自分なら絶対しないだろう。良い酒を頂いた、今夜だけの特別だ。昼間水槽を泳ぐペンギンたちも、実は夜になると屋内の飼育エリアに移動する。この時間の水槽は、打って変わって静かなものだ。
「おい君、君の仲間はこっちだぜ」
非常灯の光る内の方を指してみてもお構いなし、ペンギンは急き立てられるように空の水槽へ向かった。
星あかりが一杯に差し込んだ水槽を、彼は一心に眺めている。
彼の目線を追っていけば、なるほど、合点がいった。
「…少し泳いでも?」「ああ、どうぞ」
するとペンギンはそのままスルリと水に飛び込み、半年ぶりに再会する〝仲間〟の方まで泳いで行った。夏の大三角を横切る大河を、思うがままに北上していく。水面の星々は彼に合わせて、ゆらゆら揺れる。なかなか涼しげな景色じゃないか。
僕はズボンのポケットをあさって、小さなボールペンを見つけると、ペンギンが残していった短冊に来年のお願い事を書き込んだ。
ー彼が来年もまた、ここで仲間に会えるように。
全く、晴れてよかったな。運のいいやつだ!
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