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『真面目すぎる元非行少年』

■ 働く青年  
 北九州で会議があった帰り道、野口石油のスタンドに立ち寄った。野口石油は、これまで数多くの非行少年を雇用して、更生させてきたガソリンスタンドだった。そこに、昔、ぼくが弁護人を担当した元少年が働いているのだ。
 7年ほど前、その少年は、複数のおやじ狩りを起こして逮捕され、裁判員裁判を受けていた(少年がそのような事件にかかわった事情や、深い反省については、ここでは割愛する)。少年刑務所での5年半を経て、出所してくる際に、ぼくが野口石油を紹介したのだった。
 もう26歳になった青年は、額から汗をながし、手を油まみれにしながら、笑顔で働いていた。

■ 事件当時の思い出
 再逮捕が繰り返されたこと、裁判員裁判の争点整理には時間がかかることなどもあって、少年とのかかわりは、10カ月以上に及んだ。
 もともと、高校生のころまでは、比較的まじめな野球少年だった彼は、拘置所のなかで、ぼくが差し入れた本を熱心に読んでくれた。あるとき、面会に行くと、少年が「あの、前に差し入れてもらった本って、やっぱり返さないといけないですよね。」と、聞いてきた。
 「いや、そんなに気に行ったら、あげるから繰り返し読めばいいよ」というと、「よかった。実は、この前、差し入れてもらった本にラインを引いてしまって、どうしようか、と悩んでいたんです」と笑った。
 『7つの習慣』という本だった。ぼく自身、20歳のころ、発売されたその本を、繰り返し読んだ記憶があるので、むしろ、熱心に読み込む少年の姿はうれしくもあった。

 強盗致傷という重い罪を犯した少年には、長い実刑判決が予想された。そこで、ぼくが差し入れたのが「マルコムX自伝」という本だった。若き日のマルコムXは、強盗を繰り返し、長期間の懲役を受けていたが、その間、学ぶことの尊さを知り、出所する頃には、ブラックムスリム教団(黒人を対象とした白人を悪魔であると考える過激なイスラム教)のなかでも有名な存在となっていた。とりあえず、長い収容所くらしのなかでも、希望を忘れず、学び続けてほしいと、おもってこの本を差し入れたのだった。
 ただ、分厚い2段組みの本だったので、すぐには読み通せないだろう、と思っていた。まあ、先は長いのだから、いつか感想を聞ければいいくらいの感覚だった。
 ところが、それから2週間も経たないうちに来た手紙には、「「本、ありがとうございました。マルコムXは、2度変わるんですね!」と書かれていた。
 マルコムXは、刑務所の中で勉強し、一度目の変化を遂げた。その後、ブラックムスリム教団から追放されたマルコムXは、イスラム教徒の務めである「メッカ巡礼」に向かうことになる。メッカを訪れたマルコムXの目に映ったのは、肌の色に関係なく、メッカを巡礼するイスラム教徒であった。それまで白人を敵視し「悪魔」と罵っていたマルコムXはこのとき、はじめて肌の色に関係なく、同じ価値観を持つ人々がいることを実感した。これが第二の変化である。
 「マルコムXは、2度変わるんですね!」という感想は、最後まで読まないと出てこないものだった。

■ 元少年との語らい
 仕事を終えた元少年と、軽く飲もう、ということになり、居酒屋へ行った。
 「後にも先にも、『マルコムX自伝』を差し入れたのは、君だけだよ」と伝える。
 それに対して少年は、こう返した。
「あの本、3~4回読み直しましたよ。読み直すたびに印象が変わり、自分が成長していることが実感できる貴重な本です」
 それだけ、真剣に読まれれば、本も嬉しいだろう、と思った。
 判決から5年半。少年刑務所でも、少年は自分と向き合い、まっすぐに自分を育てつづけたようだった。格好だけではなく、中身を大切にする、まっすぐな人間に育っていた。
  「ちょっと相談があるんですけど」と元少年が話し出した。
 「なかなか仕事に情熱を燃やしてくれず、さぼり癖のある年下の従業員がいるんです。どうやったら、僕が言っていることが、彼に伝わりますかねぇ」
 1年ほど前までは、アクリル板の向こうにいた彼が、更生支援をする側に回って、そのことをぼくに相談している、という状況が不思議な感じもしつつ、嬉しくも誇らしくもあった。

■ 彼女の心配ごと
 「彼女が仕事が終わったみたいなんで、合流させていいですか。紹介したいんです。ちょっと変わった子ですけど(笑)」と元少年が言うので、もちろん、合流してもらった。
 3人で談笑していたところ、元少年のところに、例の仕事をさぼり気味となっている年下の従業員から、相談の電話がかかってきた。けっこうな時間、相談の電話は続いた。そのおかげで、じっくり彼女と話をすることができた。
  「実は、私、心配ごとがあって・・」。彼女が話だす。
「彼は本当にまじめで、不器用で、嘘がつけないひとなんです。みんなからの相談も、一生懸命になりすぎて。自分のことは、我慢できるけど、人のためにだったら、やりすぎてしまうこともあるんじゃないか、と心配なんです。」
 元少年のいいところも、心配なところもわかって付き合ってくれているようだった。
 確かに、いろいろな本を差し入れて、ある意味、その内容を真に受けて、彼は、成長してきた。ぼく自身、少年刑務所のなかの彼とやりとりしながら、まじめになりすぎではないか、心配になったほどだった。
 「そんな性格を作った”責任”のいったんはぼくにもあるんで、これからも、かかわっていかないといけないね。」というと、 彼女から「本当にお願いしますよ!」といわれた。
 現在、元少年は、野口石油を卒業し、別の仕事についているが、子どもも生まれ、新居も建てて、幸せに暮らしている。



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