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縫い物が世界一幸せだった

 テレビをつけたら、「ソーイング・ビー」がやっていた。アマチュアの裁縫家たちが集まってお題に合わせて服を作り競い合う、イギリスの番組。服が仕上がっていく光景は魔法のようだったし、一人一人個性的で、裁縫がとっても楽しそうに見えた。
 棚にはびっしりと布や糸などが置かれていて、ある出場者は、
「綺麗な生地がいっぱい。寝室は要らないから、この棚が欲しい。」
 と言っていた。
 当時の私は小5だった。毎週木曜日、夜9時からの放送に間に合うように、5分前にはテレビの前でスタンバイしていた。
 毎回毎回、出場者同士や審査員との掛け合いが面白いし、出来上がる服もどれも素敵で、目が離せなかった。発表される順位には、飛び上がって喜んだ。
 同時に、イギリスの文化についても知ることができた。お題が伝統衣装のキルトだったこともあったし、審査が終わった後のティータイムで食べていたケーキのようなお菓子は、日本では絶対に見かけないものだった。 
 しかもこの番組自体、めちめちゃ上手く作ってあるのだ。BGMがオシャレでテンションが上がる。作品ひとつひとつに合わせたものを使っている。カメラマンは、出場者のぎりぎりまで近づき(邪魔にならない時)、進み具合や作品の見どころについて尋ねる。カメラマンの声は完全にカットされるが、出場者との親しさはとても伝わってくる。
 私はソーイング・ビーにどハマりし、録画を5回でも6回でも見直し、無意識のうちにセリフを口に出しているようにまでなってしまった。
 成人式に開封するタイムカプセルの中には、この番組の写真を大量に詰め込んだ。もちろん写真の裏には、私の番組への想いが長々と綴られている。
 
 番組を見ていると、裁縫が楽しそうで楽しそうでならず、とうとう自分でもやるようになった。
 知識は家庭科で習った程度。あとは番組の見様見真似。まずはぬいぐるみのドレス作りから始めた。

テーマはお花の妖精

 縫い目は粗いけど、とにかく楽しくて楽しくて、毎日何かしら縫っていた。
 担任の先生が結婚された時に、小さなぬいぐるみを作ってプレゼントしたら、喜んで机の上に1年間飾ってくれた。
 自分の服も番組みたいに作ってみたくて、サンタさんにはワンピースの作り方の本と布をもらった。
 生地は、短かった。長さが足りない。
 それでも、縫えること自体が嬉しかったから、超ミニスカートのワンピースを縫った。
 楽しくて、やめられなくて、朝の4時までぶっ通しで、ソーイング・ビーを流しながら、仕上げた。

記念すべき第1作。サンタさんの赤。

 仕上がったら布団に直行して寝た。でも興奮ですぐに目が覚めた。
 お母さんに見せたら、めちゃくちゃ褒めてもらえた。今見返すと、縫い目もガタガタで恥ずかしいが、小学生なんていうのは、ひとつ他の人より努力をするだけで有頂天になるのだ。
 有頂天になった私は、担任の先生にワンピースの写真を送りつけ、再びベタ褒めされた。
 有頂天になりすぎた私は、友達にも見せびらかそうと思った。ある友達が遊びにきた時にこれを着ていると、
 「何でそんな変な格好してるの?」
 と何の悪気もなさそうに素直に聞かれた。
 あまりにも素直だったから、自分で作ったワンピースを自慢したいなどとは言えず、それ以来このワンピースを着ることはなかった。当たり前だが、今は着たくてもサイズが合わなくて着れない。
 こうして別れを告げたワンピースだったが、1着を仕上げたことは大きな自信になった。ぬいぐるみの服を作るにしても、本に書いてあった技は役に立つし、やりかけで終わる服も無くなった。
 中学生になってからも、1年に1着ほどワンピースを縫って、小学校の担任の先生に写真を送った。毎回毎回たいそう褒めてもらえて、次も頑張る自信につながった。ある時はお返しに結婚式の写真を送ってくださった。
 
 しかし、中3で受験生となると、心理的余裕がなくなり、夏休み以降は一度も針と糸に触れなかった。あんなに毎日何かしら縫っていたのに、心の支えがなくなったような感覚があった。
 かと言って裁縫をすれば、親に
 「勉強から逃げているんじゃないか。」
 と言われるのが目に見えたし、自分でも罪悪感が強く、結局そのまま裁縫から離れてしまった。
 合格して高校生になればまた裁縫を始められるだろう、と思っていた。
 しかし、全くそんなことはなかった。私の高校は、ブラック企業ならぬブラック学校だった。受験の時よりさらに、勉強、勉強、勉強、の日々。心もさらに圧迫され、裁縫は愚か、落書きをすることすら、する余裕は無かった。
 
 最近は、時の流れが解決してくれた面もあり、入学時より心に余裕を持てるようになってきた。この文章を書きながら、縫い物に夢中だった頃の自分が羨ましくなった。
 
 そろそろ縫い物を、また始めたいと思った。

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