2-8 脱出計画
塩田、細畑とどうしようもないやつが長老として君臨し、その悪影響によって害を及ぼされてきたこと数年。
率直にって、これ以上現在の会衆にとどまったところで、状況の改善は見込めない。
それどころか有害人間シュサイダーの悪い意味での活躍は日増しにそのあり得なさを増し加えていっていた。
これが「この世」であれば、パワハラ、セクハラで訴えることもできるのだろうが、そうもいかない。
シュサイダー出現以来、何度も家族で話し合いを重ねていた。
そして熟慮した結果、一つの結論に到達した。
それは、転居するというものであった。
学校に通える範囲であること、通院に便利な場所であること、まともな会衆の区域にあること、などを条件に私たち家族は物件探しを行った。
この間、誰にも転居計画については話をしなかった。というのは、どこかから漏れる可能性が多分にあったからだ。
そうなると、またシュサイダーがなにをしてくるかわかったものではない。住居を変えることなどは聖書のどこにも禁止していないはずなのだが、彼らにかかれば、その何でもないことですら、「神への反逆」となるのだから本当に迷惑な話だ。
この物件探しの最中にも、会衆から出ていく人はひと月で二家族以上を数え、異例の事態であった。が、シュサイダーがうまいこと封じ込めているのか、巡回監督がおもてなしだけに関心があるのか今危機に面している会衆の問題について何らかの措置が取られることはなかった。
そして、事件は起きた。
とある家族が転居を決めて、シュサイダーに報告したことからことは始まる。
本来ならどこに転居しようとその人の自由のはずである。しかし、エホバの証人の場合そうはいかない。
転居の際は長老にその旨伝える必要があるのだ。というのは伝道者カードの移動を行う必要があるからだ。伝道者カードというのは住民票のようなものと思ってもらえばいい。エホバの証人は会衆を変わる際はこの伝道者カードも移動しなければならない。このため、長老に転居の報告が必要なのだった。
ちなみに、この伝道者カードについては、通常は閲覧資格のある者しか見ることができず、まず一般信者は見ることができない。管理も通常は長老の中でも重責にあるものがそれを行う。住民票と違うのはここらへんだ。
通常の会衆であれば、転居することを長老に伝えて、必要な情報の確認を終えればそれで完了となる。しかし、シュサイダーみたいなのがいる会衆となるとそうはいかない。
聞く必要のないプライベートな質問をされたり、聞きたくもない話を長々と聞かされたりといった厄介なおまけがつきまとう。
例にもれず、とある家族がシュサイダーに転居の旨報告したところ、斜め上の発言が返ってきたという。
「私は主宰だから、会衆のことを何でも知っておく必要があるんですよ。転居とか勝手に決めて、それは組織と神に対する反逆ですか?」
こういうことを言ってきたそうである。これに対し、転居の報告を行った家族側はこう返したそうだ。
「転居するかどうかはそれぞれの事情で決めることで、個人的な問題のはず。そのような言い方は少し違うのではないでしょうか」
この至極まっとうな発言に対し、出てきたシュサイダーの反応は、やれ神への反逆だだの、不従順だの、任命された長老に対する不敬な態度だの、だったそうだ。
結局、この家族は「問題を起こし会衆にいられなくなって転居した」ようなことを付帯事項としてつけられて、転居先でも肩身の狭い思いをしながら生活していると聞いた。
会衆にいたくないと考える人が増加しているのは自分が大きな原因の一つだとつゆほどにも考えないシュサイダーは、これからもますます増長していくことだろう。
このことは、なるべく早く私たち家族がこの会衆から離脱しなければならないことを指し示すものでもあった。
と同時に、さらにことを慎重に進める必要があるということをも教えていた。
この時からしばらく、家族全員で物件探しを秘密裏に行いつつ、それぞれで誰にもこのことをしゃべることがない様に注意をしつつ、普通の生活をつづけた。
私の場合は普通に学校に行き、普通にエホバの証人の活動を行い、これ以外だと週一回の通院、といった具合に。
そして、二か月目に突入しようとしたとき、ちょうどいい物件を探し当てたのだった。
学校からもまあまあ近く、会衆はおろか巡回区も変わる。病院へのアクセスも悪くない。早速契約し、物件の確保には成功した。
次に引っ越しの日取りをどうするか、だったが、シュサイダーに危害を加えられた転居していった方々を見ていると、下手に動くことは禁物だ。
ここは小さい荷物から運び出して、最後大きな荷物の運び出しだけレンタカーを借りて人目につかない時間に決行することとした。はたから見るとまるで夜逃げだ(笑)。
こうして、私たちの引っ越し計画は順調に進められ、もろもろの手続きをすべて終え、転居そのものは完了した。
新しい住居で暮らし始めて二週間ほどたった時、ついにシュサイダーに転居する旨報告することになった。
木曜の集会後に、シュサイダーに報告を行った。すると彼は激高していつものセリフを吐いてきた。
「私は主宰だから。なんでその主宰監督に相談もなく決めるの?」
内心苦笑いの瞬間だったが、ここは親が冷静に切り返した。
「まだ通院の必要もあり、負担が少ない距離から通えるようすぐに行動する必要がありました。何分不確定な要素が多かったため、後からのご報告になったことについてはお詫びいたします。ただ、状況をお察しいただけますと幸いです」
親は少し笑みを浮かべながら話していた。さすがのシュサイダーもここまで言われては何も言えないようだった。
「まあ次からは気を付けて。ね、がんばって」
そういうとシュサイダーは握手を求めてきた。私は一礼してその場を後にした。
「お、お、なんなの。ね、ね」
シュサイダーは何か言っていた。しかしもうどうでもよかった。この件については後から親に叱られた。
ただ、こいつとは握手などしたくなかった。
こうして私たち家族の脱出計画は成功した。
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