座る女
駅前の地下へ続く階段。
入り口から数えて三段目に、一人の女が背を向けて腰を下ろしてる。
何気ない日常に続くワンシーンなのだが、どこか違和感のあるシルエットだ。
大きな通りから駅の方へ進んで入り口が3つ続く下への階段。
非常口も兼ねているのか、狭い間隔で1、2、3と連続的に設けてある階段だ。
珍しい、、
ここへ腰を下ろして休んでいる人など、めったにお見かけしない。
いつもなら、ここを通るときは、1つ目、2つ目、3つ目、どの階段にしようかなと選び楽しんでいるが、
今日は、その女のせいで1つ目の階段へグッと引き込まれる力の様なものを感じていた。
少し話は逸れるが、階段を見て思い出すことと言えば、小学生の頃の記憶だろう。
見上げる階段に踊り場が見える。
よーし、一段ぬかし、二段ぬかし、三段ぬかしまで出来るようになれば、まずまずバカにされない。
しかし、階段を見下げる時は、勇気がいる。
二段、三段の飛ばし降りまでは順調でも、4段辺りからは、失敗すると足を挫くから緊張が走る。
五段、六段になると、転倒の危険性を伴い、
それ以上の、踊場への直飛びジャンプなどは、一歩間違えば、骨折の危険がある挑戦となるから、誰にでもできるという代物ではない。
成功すれば、英雄としての称号とイジメから解放される免罪符も入手できるとなれば皆真剣だ。
しかし、ここまで極めるには、かなりの鍛錬と精神修業がいる事は言うを俟たない。
まして、放課後の静まり返った小学校にはさまざまな怖い話が付きまとう。
失敬。
階段に座る女とは、まったく関係のない話であった。
さ、話をその女へ戻そう。
実は、女の方へ引き寄せられた理由が一つあったのだ。
それは、女の背中の大きさだったのだ。
諸氏の理解を深める為に、あえて表現するならば、高見盛(力士名)が座っているような感じ、と言えばお判りいただけようか。
とにかく、でかい背中を持つ女だったのだ。
まして、ずっしりと腰を下ろしているのは、入り口から三段目だ。
と言うことは、通りからも見えているし、まして、一番手前の階段入り口なのである。
こちらとしては、その女のいる入口を通り過ぎ、2つ目、3つ目の階段を選択することだってできたのにだ、
その背に浮かび上がる、一文字が、それら全ての選択を奪い取って行ったのだ。
大量の汗だろうか、
背に、腕に、ビッシャリとへばり付く白いTシャツ。
その背に、くっきりと浮き上がったブラの横線を見てしまった瞬間ッだった。
足は、自然と木星の引力に吸い寄せられるような感覚で、一つ目の階段に引き込まれ、
下りの一段目へ足を掛けてしまったのだ。
他に人はいなかった。
静かな下り段に足を踏み入れる時、ほとんどの人がそうするように私も左足から一歩目を踏み入れた。
ブァーン、女の背中がより大きくなって、目の前に迫る。
女は、階段の右端に遠慮がちに座っている。
二段目に足を下ろし女の左側を通り抜けるように、次の左足を下ろすと同時に、耳のイヤホンを取り外す動作で女の側面を覗き見た。
背中が大きすぎて分からなかったが、右手には下敷きのようなプラ板(いた)を持って、せっせと煽いでいる。
やはり、びっしょりと汗が流れている。
女の横顔を見ると、ヘアゴムから食み出て垂れた数本の髪が、ピタリと肉の張った頬にへばり付いていたのだ。
汗のしみ込んだTシャツに続いて腰の部分には、赤のカーディガンが巻かれていて、
その下は、モスグリーンのゴム紐スカートを穿いていたのだった。
スカートの布に包まれ、ももの辺りの肉感は見えないものの、パンッと張ったジョギングシューズから白ソックスと足首は覗きみれた。
どちらの足も四段目に置かれている。
お分かりだろうか、小さめのM字開脚のポーズを取られているのだ。
まあ、股の方を煽いでいる風では無かったから幸いであったが、
確実に、スカートの中が見えている座り方だ。
こちらが、小気味よく四段目、五段目と降りて行くことには全く興味が無いと言わんばかりに、熱心に煽ぐ女。
途中、踊り場まで来た時、振り向いてみようかと魔が差したが、
流石に、今回は遠慮させてもらう事にした。
いかん、いかん、危うく目と首まで引力に持って行かれそうだったじゃないか、
振り向くべからず、降りよ。
踊り場から、更に下へ足を踏み下ろしたとき、ふわ~ッと、涼しい風が頬を掠(かす)めて上がって行った。
あ、そうか、
ここは、地下街の方から冷気が上がって来るのか。
まして、昨今の事情からなのか、ガラスの扉が一枚開いている。
やるな、
女は、ちゃんと選んで、ここの座っていたのだ。
感心しながらも、更に進むと、磨き上げられたガラスの中にうっすらと女が写っている。
あッ、M字が、見えてしまう。
同時だった。
ニターッ。
ガラスに写り込んだ女が後ろで笑っているのだ。
確実に、ガラス越しに、こちらと視線を合わせて楽しむように、ニターッと笑いかけて来たのだ。
わ、わ、わ、ゾクッ、なんだちくしょう、
ずっと、見られていたのか、、
慌てて左手を伸ばして、前のガラス扉を強めに押した。
ほんの数秒、いや、
ほんの一瞬の、アイコンタクトだった。
ガラスドアを地下街の方へ出て、2,3歩進んだところで、
クソッ、
押さえきれなくなって、振り向いた。
さッ、
え、どうした、
いないッ、
既に、その女の姿がなくなっていたのだった。
座る女、今日はあなたの通る階段にいるかもしれない。
よろしければ、是非サポートをお願いします。いただきましたサポートを励みに、心にムチ打ち、ペンに活力を持たせて創作活動を続けて参りたいと存じます。