座る作法に押し問答!
先日、電車に乗る機会があった。
JRの旧型車両でボックスシートの背もたれを前後に動かすことで向きを変えられるタイプだった。
進行方向に向かって、バタン、バタンと向きが変えられて行く。
皆手際よく向きを変え、二人掛けに一人ずつ窓側に座られた。
ボックス席になった箇所には、斜めに一人ずつ座ると言う感じで距離を取っておられる。
まあ、時節柄、一つ飛ばしは致し方のないところだろう。
私は、6駅以上の中距離の場合、もしくは乗車率が30~40%以下に限って着席を試みるが、それ以外は立って乗車することを常としている。
へえ~え、乗車率30%くらいならどこでも座れるでしょうとお考えのあなたは、甘い。
私がこれから報告する事例は、ひょっとするとあなたの常識をゴロリと変えることになるかもしれないから是非読み進めていただきたい。
では、参りましょう。
★★
数年前の事であった。
東京・代々木で待ち合わせがあった私は中央線に乗り込んだのである。
乗車方法は、このところ巷で流行りの「左足から電車に乗ると運気が高まる」というあれを試みた。
乗車後は、すぐさま左右に視線を飛ばし他の客の進行方向を確認した。
乗車率は約5割と言ったところで、客の様子を丁寧に伺えば難なく着席できる空き状況だった。
乗り込んだ駅は水道橋、普通電車の停車駅だ。
一つ手前には、「お茶の水駅」があるせいか女子大生客が多い区間となっている。
もし、座りたければ、より取り見取りで、どこへでも座れるのだが、デへ~。
いかん、今回はそんな話ではないのだ。失敬。
私が乗車した扉は左端で、この扉からは私一人の単独乗車だった。
中央の扉からは二人が右へ行き、一人が左へと踏み込んで来た。
すなわち、私の側に寄って来たのだ。
このまま行くと、私はこの左へ踏み込んで来た婦人とは中央の空き席を取り合うことになりそうなタイミングだった。
相手は小丸でパツンと張った肉厚系ながら、初動はベテランのそれと分かる俊敏な動きだった。
視線も、確実にその空席を捉えているし、横目ながら私の存在にも気が付いている様子だった。
ほんの一瞬であったが、乗車後に左右の確認を取ったせいで私の方が4分の1歩ほど出遅れている感じだった。
大人げないとも思ったが、仕方なく身の丈6尺を生かした大技、大股アプローチを繰り出してしまった。
グイッと2倍の歩幅で踏み込込んで一気に差を縮める技で、大概の場合、僅かながら私が先着できる優れ技だったのだ。
しかし、相手も歴戦の強者らしい。
私の足がグーッと伸びるのを見るや否や、ぷっくりとした肩に掛けているカバンを丸~い左手前に持ち変えてきた。
ササッ、動きも俊敏さを増している。
私の読みが甘かったかもしれない。
あれは、カバンを先に座席に置くか、もしくは網棚に乗せる素振りを見せて周りの男性客を立ち上がらせる秘技の「ダブルアクション」だろう。
これを食らうと、私から向かって手前側の男性が立ち上がり、私のロングアプローチが潰されてしまう。
やられたッ。
予想通り、手前の男性がカバンの動きにつられて身をゆする。
立つのか、身を捩(よじ)っただけなのか、いずれにしてもこれ以上のロングアプローチは危険だ。
仕方ない。今日のところは、席をお譲りしておこう。
だが、私には、まだ左側のオプションが残っている。
左側のベンチシートには、左端(高齢)、中央(アラフォー)、右端(お茶の水)と等間隔に三人の女性客がいた。
気持は右端に揺れたが、次の駅での乗降客数を考えると選択は一択で、左端の隣に腰を下ろすのが妥当だろう。
すみません、と手刀を切って礼を尽くし、スムースに着席した。
仮に、この三人の客が目を瞑っていれば私の着席には決して気が付かぬほどの微細な着席衝撃波だった筈である。
もちろん、ビジネスバッッグは両手で抱えて膝の上だ。
しかし、次の瞬間だった。
私の耳は、ちッ、という舌打ち音を捉えたのだった。
極々小さな音であったが、私の耳は完全に違和感としてセンサーを発動させていた。
どうした、まだ座っただけだぞ。触ってないぞ。距離だって取ってある。
聞き間違いではない。
恐る恐る相手の様子を携帯をいじりながら探ってみた。
座っている表面積に対してのシートの凹み具合と滲み出る熱量から推し量るに、75歳がらみのいじわる婆さん風と当たりを付ける事が出来た。
動揺したのか確認に少し手間取っていると、電車は次の駅、飯田橋に到着した。
私の想像通り、乗降客がそれなりにいた。
乗り込んできた客が、私の左隣に座った。女性だった。
私は、その乗客が座りやすいようにと、ケツをねじり、右に少しにじり寄った。
当然だろう。まだまだスペースはある。
席は譲り合って座る事を「良」と長年教わってきたから、これは自然な動きだ。
そして、後追いのもう一人も座りたそうに空きスペースを覗き込まれたから、今少しにじり寄る。
ズリッ、まだいけるかも。ススッ。
この再度のにじり寄りを終えた瞬間だった。
そんなに、こっちに来るんじゃないよッ。
小さな声だったが、キッパリとした完全拒絶系のフレーズが耳に飛び込んで来たのだった。
コケッ。
それこそ、ニワトリが驚いて首を横に振るが如く、思わず右を向き、唇を尖らせてお婆(おばば)の本気度を確認した。
本気か?
すると、壁に向かって話しているお婆の後頭部が見えたのだった。
、、、
しかし、大丈夫だ。
この手の婆さんの取扱いには慣れている。
勘違いしているのだ。
金を払って乗った以上、自分が先に乗っている以上、優先権は常に自分にあり、損得勘定で席に固執するタイプなのだろう。
よーし、ならば、こちらは正義の人になりきってやる。
もう少し詰めれば、皆さん座れますよと婆の後頭部から耳元に囁いてやった。
加えて、もう一押しも食らわっしてやった。
ケツを少しばかり持ち上げて両手でカバンを抱いて、ぐにゅぐにゅと婆(ばばあ)の方へ引っ付いてやった。
ギュワーッ、
今度は、何やら奇声交じりの許否をして、左手でシッシとされたから、問答無用でグッと深く腰掛けてやった。
お婆さんよ、もう一度、声出したら、間違いなく茶巾縛りにしてプラットフォームへ叩き出してくれようぞと頭で想像して隣を見たら、
見るな、スケベ! と大きめの声で言われてしまった。
な、何をーッ、、違うぞ、俺は、、
いかん、これ以上は婆のペースに嵌ってしまう。
落ち着こう、スーハー、、
あッ、運気が高まるのは、右足から乗るだったかな、、
★★★
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