不可解事件簿、思い込み
風邪を引いたときは、喉に塩を巻く。
このフレーズ、40オーバーの読者諸氏なら一度は聞いたことがあるのではないだろうか。
関東系は、これに葱(ネギ)を一緒にいれて巻いていたとの証言も取れている。
都市伝説という分けではないのだが、特段の効果が無いのに効果があると信じ込まされていた言い伝えの代表例だろう。
他にも、いろいろあって、
突き指は引っ張れば治る。
口内炎は、傷(丸)の中心を噛めば治る。
痛くないと思えば痛くない。
三秒ルール。(食い物を落としたときのやつ)
この辺りまでは、おー、おー、知っているぞと言う内容だろう。
では次に、これはどうか。
飛べると思えば飛べる。
これは、パーマン(諸説あり)の影響下にあった子供達に見られる現象で、風呂敷のようなマントを首に巻くと本当に飛べると思って、ジャングルジムなどから飛び降りて、打撲、骨折という実害の出るやつだ。
情報が間違っていただけなら笑って済ませることも出来ようが、このような事故や被害が出るような誤情報は非常に困る存在だ。
そして、お次は、「それは、ペンギンのお肉よ。」である。
この話、一度書いたかもしれないが思い出せないので、まあ、良いだろう。
それだけ価値のある話なのは間違いない。
登場人物は、6才の女の子とそのお母さんの二人だ。
ある日、お母さんの料理に興味を持った女の子が、夕飯の準備を楽しそうに見学していた。
その日のメニューは鍋料理だったらしく、野菜や豆腐、エビに魚、ハマグリと魚介類が大皿に準備してあったのだ。
その中に、茶色でヒダヒダの付いた奇妙な食材を発見した女の子。
お母さん、この、茶色の食べ物は、なーに?
興味津々で尋ねてみた。
すると、お母さんは、本気か冗談か、本人もそう思い込んいるのかも分からないが、
「それは、ペンギンのお肉よ」と素で答えてしまったらしいのだ。
それから、その女の子は、ずっとその茶色の物体をペンギンのお肉と思い込んで成長していった。
時は進み、女の子は成長して大学生となった。
ちょっと早いが、みんなで集まれば酒も飲むようになっていた。
そして、ある冬の寒い日。
今日は、みんなで鍋にするから一緒においでよと誘われた。
当然、断る理由はない。
意気揚々と出掛けて行き、先着が既に用意してくれている鍋の前に着座したときだった。
寄せ鍋と思われる具材の中に、例のペンギンの肉が混ざっていたのだ。
実は、成長した彼女であったが、幼き頃に母に聞いたペンギンのお肉という名前の抵抗感で、その食べ物が嫌いになってしまっていたのだった。
ゴメンね、私ペンギンのお肉は食べられないのと、断りを入れたのだった。
ざわッ。
一斉に皆の視線が彼女に集まったのを見て、鍋奉行が代表して聞いて来た。
あのー、今、ペンギンのお肉と聞こえたようですが、聞き間違いでしょうか?
この中には無いと思うのですが、何を食べられないと仰いましたか?
だから、ペンギンのお肉、それよッ。
ほー、またしても。
皆が見てはいけないものを見るような視線で彼女を見つめて静かになった。
え、みんなペンギンのお肉知らないの?
集まった皆の反応は、無言で首を横に振っている。
彼女は、みんながふざけているんだと思い、少し不貞腐れて、もういいよ、私は食べないからと突き放した。
いやいやいやいや、そうじゃなくてと鍋奉行。
みんな、本当にペンギンのお肉が何の事か分からないんだと思うよと、説明を加えた。
流石に、これはおかしいと彼女も感じ取れたが、半信半疑。
とりあえず、これよ、これッ、と箸で茶色の物体を突っついてみた。
へッ、
ほー、
何と、
さまざまなリアクションを取る仲間に、焦りを感じ始める彼女。
これは、ひょっとして、ひょっとして、私が間違っているのかも?
と、その時になってやっと気づき始めて、冷や汗が出て来た。
えーと、付かぬことをお聞きしますが、皆様方は、このお肉を一体何と呼ばれているのですか?
聞き終えた瞬間だった。
皆の口がピタリとシンクロして、「しいたけ」と吐き捨てる感じのハーモニーが聞こえた。
しいたけ、椎茸、シイタケ、木霊する、これが、、、シイタケ。
もう、これ以上は無理と言うほどに、顔面を真っ赤に染め上げ、お母さんと声を絞り出すのがやっとだった。
この様に、思い込んでしまうと言うのは、誠に恐ろしい結果を生んでしまう。
お母さん諸氏よ、十分にご注意願いたい。
さて、最後は、私の思い込み話を披露して今回の考察を締めくくっておこう。
あれは、私がまだ齢(よわい)6つを数えた頃だった。偶然にも、先の女の子と同い年だ。
友達の家にお呼ばれして、遊びに行った時の事だった。
その家には、私の通う幼稚園すみれ組の友人と、二人の兄がいた。
中のお兄さんは小学校4年生。もう一つ上のお兄さんは、中学校の二年生であった。
男子ばかりで遊ぶことと言えば、めんこ、ビー玉、野球に鬼ごっこ的な時代だったが、この日は家の中での遊びに熱中することになった。
当時は、野球盤、人生ゲーム、将棋、トランプ、花札等、畳や床に置いて遊ぶタイプが主流だった。
一通り遊ぶと、腕相撲やプロレスごっこなんかが始まり、流石は男の子達と言ったところだろうか。
そして、我がすみれ組の級友が中の兄さんに「電気あんま」なる技を掛けられた時だった。
この技、かなり危険な荒業で、両足の付け根中央を集中的にグリグリグリっと攻めるやつなのだ。
級友は降参寸前、ゴメンと言った、その時だった。
あーッ、中兄が叫ぶ。コイツ、膨らんでいる。
何―、長兄も寄って来た。
俺も、興味津々。なんだ、膨らんだ? 何がだ? 風船でも隠し持っていたのか。
友が、恥ずかしそうに股間を抑えて、うるさいッ!と半泣き状態だ。
未体験ゾーンだった。
その当時、やっとこさ幼少期を抜け、学童期に差し掛かろうとしている最中(さなか)の出来事で、己が身体的変化は未だ起こっていなかった。
この後、長兄が肩を組んで来て4人の男子が輪になって座り、男子の秘密を講義してくれたのだった。
それによると、齢8~10ぐらいになると、あるきっかけから、しし唐君が4倍、5倍と膨れ腫れあがると言うから驚きの教えであった。
中兄は、少し経験があるのか、思い出すように何かに怯え、
俺たち二人は、想像の中で、その恐怖に慄(おおの)いた。
その日、家に帰り、まずトイレに行って我が身を見下ろした。
コイツが4倍、5倍と腫れるように膨らむ。
どうなってしまうのだろうか。痛くはないのだろうか。パンツは履けるのだろうか。
沸き起こる疑問が想像の恐怖を呼び込み、縮み上がって首を窄(すぼ)めるしし唐君を見ながら、ただ、そんな事にならないようにと祈ったのだった。
それから暫く、朝に夕に、トイレに風呂場と、眼下に見えるしし唐君を観察し続けた。
後にも先にも、自分の体をあれほど眺めたことは、あの時以外にはない。
そして、時が経ち、ふとあの長兄の言葉を思い出す事がある。
あるきっかけから、しし唐は、4倍、5倍の大きさに腫れあがるとのことだった。
おかしい、、
あの話は、嘘だったのだろうか。
一応、倍ほどにはなってるかなと、言ってもらったことはあるけれど、、、
お兄さんの、嘘つき。