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【文学フリマ東京38】ゆきちゃんは魔法つかいをやめた【小説+短歌/試し読み】

ゆきちゃんは魔法つかいだ 私もそれにかかりたかった

 ゆきちゃんは魔法つかいだ。その指揮棒で、ゆきちゃんは目の離せないステージを作る。
 だけど、ゆきちゃんのそれは魔法なんかではない。皆は才能だと思っているけれど、人一倍楽譜を読み込み、陰で努力をしているだけなのだ。
 それを私だけが知っている。誰にも教えてあげるつもりはない。

いつかっていつか来るって思ってた でも私には来ないみたいだ

 初めてゆきちゃんの魔法を見たのは、新入生歓迎演奏会での演奏だった。
 大学に入学したら、オーケストラサークルに入るんだって思っていた。しかし、滑り止めで入ったこの大学には、欠員だらけのオーケストラしかなかった。
 オーケストラには、たくさんの楽器がある。曲は、それらが全て揃っている前提で作られている。欠員、つまり不足している楽器があれば、もうそれだけで音楽にはならない。
 高校生の頃、その高校の吹奏楽部を引退、卒業した先輩たちが大学に入ってオーケストラで活躍しているのを見ていたから、自分も何となくそうなれるのだと思っていた。そういうオーケストラは、欠員どころか全部の曲を吹かなくていいくらい人数がいて、自分の得手不得手で演奏するパートを決められる。周りのメンバーは皆やる気にあふれていて、先生のレッスンを受けて、高校の頃とは見違えるくらい上手くなって——。
 私もそうなるんだと思っていた。
 もちろん、大学受験に失敗したばかりだったから、こんな大学に入ったことも、そこには欠員だらけのオーケストラしかないことも、原因は全部自分にあると思った。他の大学のサークルに入るという手もあったのだけど、大体の大学はその大学の人に都合いいスケジュールや練習場所で練習している。それに、自分の大学より偏差値の高い大学に潜り込むことが本当に適切なのか、解らなかった。
 要するに、私はこじらせていた。もういっそ、どのサークルに入るのもやめて、バイトにでも明け暮れようか。そんなことを考えながら、ふと見上げた、大学の廊下に張り紙が。
「吹奏楽部 新入生歓迎演奏会」
 ちょうど、今日これからだった。これも何かの縁か、と思い私は見に行くことにした。
 それが、大事な人に出会うきっかけになるとは思いもせず。

綺麗だと思った きっと昔からここに来るため歩いていたんだ

 大学内のホールに行くと、客は全然入っていなかった。まあ、新歓期間も終わりに近づいていて、別に無料で飲み食いできるイベントでもないから、そんなに集客力もないのだろう。私はこのときはまだ吹奏楽部に入る気が全くなかったので、目立たないよう前の端の方に座った。意外と、後ろに座るより前の端のほうがステージから目立たないのは自分の経験から解っていた。
 始まった演奏は、すぐに帰ろうかと思ってしまったくらい下手だった。よく見ればこの吹奏楽部も欠員ばかりで、だからまず音が薄っぺらい。楽器同士の音もあまり調和している感じがしない。多分、練習が間に合っていないからだ。この時期は先輩が抜けて、色々手薄になるし気持ちは解る。
 途中で帰るのは目立って嫌なので、ただぼーっと座っていた。
 曲が終わり、指揮者が代わった。次の曲は、よく知っている曲だった。わたしも高校の引退公演で演奏した曲だった。
 相変わらず、ひどい音。だけど——
 変だ。違和感。下手なはずなのに、どこかノリやすい。もし自分が奏者なら絶対、吹きやすい。何故だ。私は原因を考えていた。
 合奏していると、吹きやすい、吹きにくいということが起きる。例えば、上手い先輩と一緒に吹くときはその先輩の音に隠れて演奏していればいいだけなので吹きやすい。難しいリズムを吹くときは、リズムの土台をドラムが打ってくれていれば吹きやすい。そういうふうに、誰かが吹きやすくしてくれることがある。
 全体の音はメチャクチャだけど、この中の誰かが絶対に上手いんだ。それで吹きやすくなっている。このステージの鍵を握っているのは、誰だ。
 ……あの指揮者だ。
 背が高くて、ステージの中央にいるのが似合う指揮者だった。見たところ先生ではなく、部員の中から選ばれた学生指揮者のようだけれど、スーツが似合っていて大人の男性って感じがする。かすかに見える横顔はあまりにも綺麗だった。ステージの光に照らされて、神様みたいに見えた。
 高校の引退公演で吹いたばかりだったから、どこでどの楽器が重要な役を担っているのかはよく解っていた。というより、指揮者の手の動き、目線を見ているとそれを勝手に思い出せるくらい、指揮者は解っている動きをしていた。やはりあまり練習ができていないのか、楽譜にかじりついていたままの奏者が多かったけれど、指揮者が目を向けた途端に不思議と楽譜から目を離す奏者が多かった。その指揮者には、そんな魔法のような力があるようだった。
 私も、指揮者に釘付けになってしまった。吹奏楽なんてもう絶対やらないって思っていたはずなのに、私は彼のところならもしかして、と思ってしまった。
 その指揮者が、ゆきちゃんだった。

続きは

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ゆきちゃんについて、みじかい文章

ゆきちゃんは実在する。わたしは小説を書くのに自分の実体験の切り売りばかりしているので、もちろんゆきちゃんもモデルとなった人がいて、モデルとなった体験がある。

けれどほとんどフィクションだ。実際のわたしは、ゆきちゃんにあたる人とは少し手を繋いだことと少しハグをしたことと、一度デートをしたことしかない。
あの日たしかにゆきちゃんにあたる人はわたしに「うち来る?」って言ったんだけどわたしは断った。そうしてわたしたちのお話はおしまい。

もう10年くらいになるのに、まだ思い出して「あのとき、もし」を考える。それはそんなに嬉しいことではなくて、間違えて終わってしまったセーブデータをひとつしか作れないノベルゲームをもう二度とやらなくなってしまったみたいな気分だった。

だからわたしは作ることにした。わたしたちのお話のほんとうのおしまいを。
そうやってできたのが、「ゆきちゃんは魔法つかいをやめた」です。

セルフ二次創作連作「ゆきちゃんが好きだった」

好きだった。って過去形にするために、わたしのために書いたおはなしです。

でも過去形にはできないってばれているのかな、このおはなしを読んだ友だちはこういう短歌を詠んでくれました。

またたくとふるようにきみがあらわれることを祈りにして生きてゆく

真ん中 @man_naka__

二度と会えなくても想い続けたい。

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