見出し画像

チャイルド 1

俺は、母親が大嫌いだ。冷蔵庫には特売で買ってきたまま腐らせてある野菜と賞味期限の切れたもので溢れている。本人は、夜市と海外旅行が大好きで、ブランド物を身につけながらフラフラフラフラと出かける。少し皺のある色も生地も薄いワンピースとサンダル、季節に関わらず藁の大きなバッグを持って、赤いルージュを付けて、「行ってきます」と、ニコリともせずこちらを横目で一瞥し出掛ける。


俺は恋人と街に出掛け、公園でクレープを食べていた。恋人はクレープの生クリームを口の右側に付けながら、美味しそうにクレープを頬張る。俺が「かわいいね」なんて言って、生クリームを手で拭うと、恥ずかしいことに恋人を通り越した目線の先の公園の入り口母親がいた。三歩歩いたら隣に立てるくらいすぐそこだった。確かに家の近くの公園で、偶然通りかかったようだ。いつものように皺のあるワンピース、少し乱れた長い髪、疲れた表情。母親がいつものように、小馬鹿にしたようににやっと小汚く笑い、「あんたも、愛情表現なんてもの覚えたのかい」と言う。彼女は驚いて右を向く。俺は、咄嗟に彼女の肩に腕を回して抱き寄せた。「あんたは、出来ないだろう」睨みつけて、言ってやった。遂に、言ってやった。すると、母親は「あんたも、愛情表現なんて覚えたんだね」と見たことない暖かい笑顔と聞いたことのない優しい口調…俗に言う母親らしいような態度で、俺に言う。目を細めて、本当に愛おしそうに。さっきと同じ言葉と思えないくらい、俺は本当に動揺した。動揺した。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?