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フリースクール活動日記 2024/06/28-品川

 この日は豪雨。これまで梅雨入りしたというのに快晴が続いていたためにてっきり梅雨はもう終わってしまったのだと思っていたのだが、その予想が大きく外れたことになる。
 この中、しながわ水族館へと向かわねばならないのだ。もともとあそこは隣にあるしながわ区民公園で遊ぶことも含めて1回の活動であったというのだ。そこは雨で行けないため、水族館だけで1日を過ごすことになる。
 ソースと山手線内で合流し、品川で京急線に乗り換える。電車が若干遅れていたり、普段使わない乗り換えを実行したりしたため遅れてしまうことを恐れていたが、幸いなことに皆かなり遅かったようで、集合時間5分前になってもなおいたのはχαοσ1人のみ。その後続々と到着するメンバーたちと合流し、40分ごろについに駅を出立。しながわ水族館へとまっすぐ向かう。
 僕がここに来るのは、初めてだ。前に来たときは2022年の11月だったというから、だいたい1年半ほど前になるか。そのころいた年長メンバーは軒並みいなくなって、いまではメンバーの半数以上がそこへ行ったことのない者たちだ。
 そんなわけで、いざ入ったはいいものの何をすればよいかわからなかったメンバーも多かっただろう。なにせ5時間ほどここで過ごすわけで、魚を見ているだけでは確実に飽きが出る。
 そんなことがわかっていたのか、古参メンバーたちは皆入館後すぐにイルカショーやアザラシショーを見に動く。館内を知り尽くしているかのように、あっという間に隅々まで巡っていく。彼らに付いていけばよかったため、非常に楽ではあった。

 初めにアザラシショーを、次にイルカショーを見て、隣にいたχαοσたちと共に先へと進む。そこから先は、特に語るべきこともない。

しながわ水族館公式キャラクターを抱くアザラシ

 僕は早々と一周を終え、コツメカワウソをじっくりと観察した後に最期の展示室にてイルカの頭部骨格標本を眺めて過ごしていた(この標本は素晴らしいことに、作った人の腕がよかったのか脳髄を取り出す穴がなかった。鼻腔などからすべて取り出したのであろうか)。そうすること30分ばかし。先へ進もうと思っていたころつぎつぎと他のメンバーたちが到着、その中にいたボートさんが、僕にとある衝撃的な出来事を教えてきた。ヨッシーとソースが、とあることを企んでいると。それは、「クラゲの幼生」を暗記しようとしているということだと。
 現在このフリースクールには幼生の名前を記憶し暗唱することを楽しむ派閥が存在する。メンバーは、僕、ヨッシー、ソース、リクトン。このうちリクトンは風邪でこの日休み。けれどもヨッシーとソースは来ているのだから、彼らは今必死になって覚えようとしているに違いない。僕も負けてはいられない。
 慌ててクラゲの展示室へと戻り、其れらしきものを探す。あった。プラヌラ、ポリプ、エフィラ、メタフィラ。繰り返そう。プラヌラ、ポリプ、エフィラ、メタフィラ。よし、これをこのまま繰り返せば覚えることだろう。プラヌラ、ポリプ、エフィラ、メタフィラ。

 こうして覚えることしばらく。時間が12時となった。12時30分に集合ということなので、あと1順すれば終わりだろう。そこでもう1度コツメカワウソを見て、暗唱をする。プラノラ、ポリプ、エフィラ、メタフィラ。いや、違った!不安になりもう一度参照し、又間違いを訂正する。そうしてさらに時間がたち12時30分。全員がサメの水槽の前にそろい、食事のため外へと出る。

こんなサメが襲ってきても、逃げられやしないなぁ…

 この日ここへ来たのは、失敗だったかもしれない。そう思わせるほどに雨は激しくなり、いくら天幕の下のベンチとはいえその飛沫が飛び散ってくるかのよう。よって、自然座れるところは中心部分のごくごくわずかな場所となる。そこに押し合いへし合い身を寄せて、食事にかかる。僕、ヨッシー、ソース、χαοσの4人で一つのテーブルを囲むわけだが、そうすると自然出てくる話はクラゲの幼生のことのみ。
「プラヌラ!」
「ポルプ!」
「否、ポリプだ!」
「あ、しまった。じゃあ次はエフィラ!」
「じゃあ最後は僕が当てよう、メタフィラ!」
もちろん、皆ただ手をこまねいていたわけではない。僕も、皆もずっと魚を見ている間に呟き完全に記憶することを目指していたのだ。1人だけ場違いな場に置かれたというように戸惑うχαοσをしり目に、議論はどんどんと切迫してゆく。なかにはそれに耐えきれなくなって素っ頓狂な行動に出るメンバーの姿も。
 雨にうたれて靴に浸水したメンバーや雨に負けて持って来た合羽を履きだしたメンバーたちは、ついに耐えきれなくなったらしい。水族館へ戻ろうなどと言い出した。いったい何を言う。雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ。これが我々の理念ではないか。何を軟弱なことを。そう思えども、彼らはそれを聞き入れない。挙句の果て雨にうたれて般若心経を唱えるような僕たちの方がおかしいなどと言いよる。まあ、言っても始まらないからおとなしくついていくことにした。
 再入場の後、皆各々好きなところへと向かう。しかしながら僕たちは、13時45分に始まる餌やり体験(ただし餌は自分自身の肉体)へと参加しなければならない。義務はないとはいえチケット代100円の損失は僕たちにとっては非常に痛い。
 そのこともあってか、時間通りにみな集合する。チケットを購入したメンバーは僕やχαοσ、カッパくんなど。もっともなかには幾人か、レイセン達スタッフからチケットを譲ってもらったメンバーもいたが。
 「ガラ・ルファ」というこの魚は、手に付いた角質を食べてくれる魚。つまり、どれだけ集まって来るかによって手の汚さというものが分かってしまうという。なんとおそろしい魚なのだろう。もっとも、この日は落ち葉の上から無患子を拾い集めるなどはしていない。堀切や珊瑚荘の裏山などの登攀もしてはいない。だから手が汚れているということなどはないはず。しかしながら僕は甘く見ていたのだ。「不浄の手」の存在を、忘れていたのだ……
 90秒の制限時間が始まり、カッパくんやχαοσ、白兎たちと共に一斉に水槽に手を突っ込む。あらかじめ段取りを決めていたχαοσに至っては、両腕を組んで両肘までをも水につける入念ぶりだ。そうして僕も負けじと両手を入れたとき、予想もせぬことが起きた。一斉に僕の手めがけて「ガラ・ルファ」の一群が突進してきたのだ。あまりにも予期せぬ出来事。そんなにも僕の手は汚いのか。そんな僕の驚愕が醒めぬうち、さらに僕を驚かせる出来事が起こった。
 僕の手めがけてやってきた「ガラ・ルファ」たちは、なぜか一様に右手に纏わりつくのだ。左手には、見向きもせずに。そんな馬鹿な。イスラム圏での「不浄の手」とは、左手であったはずだ。少なくとも右手ではない。なのになぜ右手にばかしまとわりつくのか。

 そのころ、左隣にいたχαοσにも事件が発生していた。肘に乗ってくるエビがあまりに多かったため、非常にくすぐったいと呟いていた彼は、いざ水面から腕を上げる時に思わず目をいっぱいに見開いて叫び声をあげることになった。
 腕をゆっくりとあげることで魚たちを振り落とそうとしたというのに、なんと2匹のヌマエビがこじんまりとくっついていたのだ。思わずふるい落としてしまった彼は、その後肘まで水に浸かったため腕を洗うことに苦労することになる。
 そうして、この後公的にはアシカショーを見て解散となった。もっとも、その裏であったことを詳しく語ることはできない。レイセンの傘を僕の傘とすり替えようと、僕とソースの間で話が付いたのが事の発端だった(このことはレイセンには知らされていない)。その後何食わぬ顔で傘をすり替えレイセンの傘を片手に歩いていた僕たちは、イルカショーの場にて遭遇したカッパくんの傘と持っていた傘を交換、さらにはその傘をボートさんの傘と交換、計3人を計画に抱き込むこととなる。簡単にこの状況をあらわすなら   僕の傘→レイセン
 レイセンの傘→カッパくん
カッパくんの傘→ボートさん
ボートさんの傘→僕
となる。結局この状況にレイセンが気づくことはなかった。それだけ僕たちのすり替えがうまくいったという証拠であるものの、その手癖の悪さを誇ってよいものかいまだに判断に悩んでいるのである。

クラゲの幼生名を記憶するグループに入らず、
別の方向にやる気を見せるとあるメンバー

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