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蚊取り線香

「来ると思ってた、入んなよ」

 何をしにきたのかお見通しだった。外は強い雨が降っている。蒸し暑い夜。傘も持たず、わたしはずぶ濡れのまま彼の家に向かっていた。

 着いて直ぐにシャワーを浴びた。彼が絶対に使わないのような甘い香りのシャンプーが無造作に置いてある。知らない誰かのものだ。 
 彼はシャワーを終えたわたしをバスタオルで包み込むように後ろから抱きしめた。

「やっぱりかわいい」

 まるで恋人同士のように戯れあい、そのままベッドにもつれこんだ。

 唇が触れ体の芯が熱くなる。溢れ出した雫を掬い取って舌でなぞる。呼吸が乱れ、抑えきれずに喘ぐ。体を起こしそのまま二人深いところまで沈み込んでいく。

 波が引いたと同時に、彼はわたしから離れた。ペットボトルの水を一口ごくりと飲んだ後、それをわたしに手渡してタバコに火を付けた。さっきまで触れていた唇の感触を確かめるように、わたしもペットボトルに口づけた。

 雨上がりの風が、体に纏わりつくような湿度を運ぶ。冷房のない部屋の窓は、全開になっていた。虫に刺されぬように焚いた蚊取り線香は、炎を上げることもなく静かに煙だけを上げながら燃え尽きようとしていた。

 絶頂の後、途轍もない寂しさがいつもいつも訪れる。燃え上がらず燻る心。終わらない快楽。不完全燃焼の二人を結んでいるのは欲望だけだ。約束などできるはずも無い。

 夏が来れば思い出す。咽るような蚊取り線香の匂い。嗅覚は直接脳に語りかけ、記憶を呼び覚まし体が疼く。蒸し暑い夜が今日も始まる。
 

 

 


文披31題Day18「蚊取り線香」

気がつけばお盆ですね

北海道も暑いです

其処に生きる人間の息遣いや汗の匂い
温度と湿度を感じられるような
話を書きたいとずっと思っています
なかなかどうして

つまらない話
わかっています
それでも
31題終わるまで書き続けます

恋はずっとおやすみ中

いつもお読みいただきありがとうございます



 

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