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年間100冊のミステリー小説読書が無駄じゃなかった話 〈書評〉『(仮)ヴィラ・アーク設計主旨 VILLA ARC(tentative)』ー建築基準法をクリアした 「館もの」

「ミステリー小説読み」は、インテリ種族からすると鼻で笑われることが多い。
…でも私はミステリーが大好きなんだっ!、と小さい声で年間100冊ほどのミステリー小説を読んできた。そんな思いが報われた、自分でも気に入ってる文章。まさか建築系月刊誌の編集をしていてミステリーの書評を書かせてもらえるなんて。機会をくださった建築家で小説家の家原英生さん、ありがとう。ミステリー小説、ありがとう。

*以下、『建築ジャーナル』2017年7月号より転載

建築家の筆による「館もの」ミステリー
 “ホワイビルティット”に込めた被災地復興への提案

「館もの」という言葉は、ミステリーファンにはなじみが深いだろう。 

 前提として、登場人物が「館」に閉じ込められ、外界との連絡が取れない状況で事件が起きる( 個人的には閉じ込められた中に犯人がいるのがフェアだと思う)。

 しかし、インターネットや携帯電話の普及により、「館」の形成は難しくなって いる。連絡が取れないという状況づくりは「嵐で停電」「自然派の宿のため携帯は没収」など......苦しいものが目立つ。   

 また、館には、トリックを仕掛けるため、そして読者を驚 かすために、本書『(仮)ヴィラ・アーク設計主旨 VILLA ARC(tentative)』でも、探偵役の建築家の一人である川津が「違法建築だらけで読んでいて興ざめ」と語るような突拍子もない建築が多い。

 以上の理由から「館もの」を苦手とする読者も多いだろう。

 しかし、そこはご安心を。 本書は、書き手が設計者のため、設計には破たんがな く 、 お約束である「 冒頭に掲載された平面図」と首っ引きで謎解きに集中できる。建築基準法をクリアした初めての「館もの」と言えるかもしれない。 

 そして、(特に本格派の)推理小説では、フーダニット(誰が やったのか)・ハウダニット(どうやってやったのか)・ホワイダニット(なぜやったのか)のいずれか、あるいは複数を主題にしなくてはならない。ほかにも「ノックスの十戒」「ヴァン・ダインの 二十則」など守るべきルールが多いから本格派好きは煙たがられる...というのは置いておこう。

 本書は正直言っ て上記は弱いし、推測で終わるものもありもやもやさえす る。しかし、魅力的なホワイビルティット(なぜ建てたのか)という新しい主題が登場する。タイトルにもある「設計主旨」で ある。ここに、設計者=著者の震災への対策となる設計提案がある。

 人物設定でも、館の主滝田は息子を、川津は彼女を、阪神・淡路大震災で亡くしている。人を守るはずの建物が凶器になる―震災を経験した設計者のそんなやりき れなさ、どうしたら建物が人を守れるのか、といった熱い想いが、館の主でもあり設計者(一部施工者) である滝田に乗り移ったような手記が紹介される終章には、ぐっとくるものがある。 

 江戸川乱歩賞の選考委員の 一人から『災害に対してどういう 家を建てたらいいのかという論 文』との評があったとおり、建築書としても読める小説である。こういう人いるいる、という建築家の描写も楽しめる。

 とともに 、 第 6 2 回 江戸川乱歩賞の最終候補4編に選ばれた実力は確かで、ミステリーファンにとっても今までになかった主題である「ホワイビルティット」という新しい謎解きが楽しめる小説である。

 平面図から謎を解く「建築家探偵もの」という新ジャンルの確立にも期待したい。


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