「明石焼専門 よこ井」冷たいだしへの、熱い思い。生きた歴史証人。
静かなるドン
本当にすごい人は、案外、普通というか、そのへんに涼しい顔して存在していたりする。
「明石焼専門店 よこ井」は、まさにそのようなお店でした。
魚の棚商店街にひっそりと佇む、おばちゃんが一人で切り盛りしているお店です。
70過ぎと思われる、ここのおばちゃんこそが、明石焼の歴史を生身で知る人でした。
その生きた歴史は、食文化研究家・熊谷真菜氏の著書「たこやき」(リブロポートより、1993年出版)にて、詳しく記されています。
もちろん、「よこ井」のことも書かれています(めちゃくちゃ面白いので、雑学好きの人はぜひ読んでみて下さい)。
店のおばちゃんに話を聴き始めたら、この本を出してくれました。まさか、明石焼屋さんで本を読ませてもらうとは…
第一印象は「つ、冷たい。」
小さな店内には、「明石焼」と「たこ焼」の違いが描かれた、大きなパネルが。
これだけでも充分面白いです。明石焼が焼き上がるまで、読んで待つ。
そこには「明石焼は、冷たいだしで冷まして食べる」とはっきり書かれていました。
その図の通り、「よこ井」の明石焼は、冷たいだしで食べるのが特徴です。
アツアツの明石焼と一緒に、ソースの容器に入れられた、だしが一緒に出てきました。
このだしは、あくまで「表面を冷ますためのもの」と、おばちゃんは説明します。
冷たいだしにこだわる、頑固一徹いぶし銀なおばちゃん。
だしのみならず、おばちゃんもクールな店やな・・・というのが第一印象でした。
のちに、それはひっくり返ることになります。
ひっくり返った明石焼。冷めると美味い明石焼
それは初夏のある日。
たまたま、何も考えずに「よこ井」の明石焼をお土産に、友人宅へ持って行った時のこと。
私と10個の明石焼は、JRに小一時間ほど揺られて大阪へ。
明石焼、大阪に着く頃には、ほんのりと温もりが残るくらいまで冷めておりました。
お土産用の包みにもおばちゃんのこだわりが、しっかりと記されています。
「当店はおみやげ用のだし汁はお付け致しません。本体にきちんと味は付いています。」
ううむ、こだわり一徹。
さて、包みを開けて、パクッと口に運んだ時にひっくり返りました。その美味しさに!
冷めた明石焼、美味しい。これが、もう、すっごく美味しかったのです。
味にシビアな友人も、とても喜んでくれていたので、間違いない(関西の主婦は厳しいんやで)。
今まで冷めた明石焼って、もう少し硬かったり、味がぼやけてたりしたのだけど、
印象がひっくり返りました。これはだしにつけなくても充分美味しい。
柔らかくて、もっちりしていて、だし巻きと茶碗蒸しの間のような、やわらかさ。
味はまろやかで、卵と小麦粉のいい香りがします。
幸せを形にしたら、多分明石焼になる、はず(知らんけど)。
冷めた明石焼を口にして、初めておばちゃんのこだわりが、理解できました。
本当に、「よこ井」の明石焼は冷めても美味しかったのです。自腹切って食べてるから、本気です。
いや、熱々でも美味しいんですけどね。冷めた方が味が馴染んで、美味しい。
私は持ち帰りを推します。
イートインなら冷めるまで待つのがおすすめです。
熱かった、おばちゃん
とある日、またお店の前を通りがかったので、軽いランチを兼ねて、また「よこ井」の明石焼を食べることにしました。
本当に持ち帰りの美味しさに感動したので、持ち帰って冷めた明石焼が美味しかった!という旨を、おばちゃんに伝える。
そのとき、店先ではクールなおばちゃんの瞳の奥の、炎が、見えたのです。
「せやろ。美味しいやろ。」
マスクはしているけど、おばちゃんの誇りある微笑みが見えました。
恐る恐る「おばちゃん、このお店の写真とか紹介、ネットに載せていい?」と聞いてみたところ、すんなりオッケーもいただきました。
ダメかと思ってたのが、それどころか、めちゃめちゃ熱く話してくれるじゃないですか。
やっぱり聞いてみるもんだ。
明石焼の熱いおだしは、なんと神戸発祥(!)
おばちゃんによると、昔は今ほど明石焼のお店もなかったと言います。
お店のある明石の「魚の棚商店街」は、戦後は自由市場(闇市)だった時期もあったそうだ。(このあたりは熊谷真菜「たこやき」を参照)
明石焼は資本金も少なくすぐ始められる商売なので、徐々に商売替えする人が増えてきたとのこと。
で、話を元に戻そう。
明石焼はもともと、だし無しで食べていたという。なんと屋台でバラ売りされていた、ストリートフードが発祥。
それから、いつの頃からか、冷ますためのだしが付き、今では熱いだしが付くようになった。
明石焼の熱いおだしは、神戸にある「たこ壺」というお店が他店との差別化を図るため、熱いだしを付けたのが始まりなのだという。
当時から神戸の人口は、明石の何倍もありました。今も神戸の方が人口は多い。
で、多くの神戸人に熱いだしの明石焼が認知され、やがて本場の明石焼を食べに来た際に「だしは熱くないの?」という声が出てきて、明石にも熱いだしの明石焼が広まったそうです。
「熱いもんに、熱いだしかけたら、やけどしそうやろ?」とよこ井のおばちゃん。
うんうん。私もずっと不思議に思っていましたが、なるほど謎が解けました。
要は他の店と差をつけるため、そして、それが明石に逆輸入されたという訳です。
補足;
神戸市の人口 2021年現在 1,511,393人
(参照:https://www.city.kobe.lg.jp/a47946/20210401.html)
明石市の人口 2021年現在 303,850人
(参照:https://www.city.akashi.lg.jp/soumu/j_kanri_ka/shise/toke/akashinojinko/index.html)
明石焼専門店から出てくる名言の数々
おばちゃんが歴史を語ってくれる行間には、名言がガンガン出てきました。
「良い物と、売れる物は別やからな」
「商売は場所が大事」
「10人中、8人が美味しいって言ったら満点やで」
「せやけど、味の好みに勝るものはない」
明石焼屋さんでこんな話が聞けるとは思わなかった!
私の語彙力からは「ほんまそれ!」という言葉しか出なかったのが、惜しむべきところです。
当たり前と言えば当たり前のことですが、なかなか、真理は日常に揉まれて見失いがちです。
おばちゃんの目からは、「うちはちゃんと良いもの作ってるで」という誇りがビシビシと伝わってきました。
観光で来た一見さんには、無愛想に映るかもしれません。
わかってくれる人にだけ伝わればいい、そういうクールなスタンスだったけど、
実は心に情熱の炎がともっていたのでした。
ぜひ「よこ井」の明石焼は冷めてから食べてみて下さい。
だしもおばちゃんもクールですが、実はとっても熱い名店。
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