不眠症の秘薬【ショートショート】
ある所に、春夫という若い男がおりまして、この人が不眠症に悩まされ困っておりました。何でも1週間ほど前から、一睡もできないと言うのです。そこで、ある日、女房に相談しましたら、
「なんだい。眠れないって。だったら私がいいところに連れてってあげるよ。あそこに行けば、必ずぐっすり眠れるはずだから」
と言われて春夫が連れて行かれたところは近所の公民館でございます。公民館の入り口には、
「本日、あの地元出身の代議士、横山真一郎、講演に来る!」
としたためられた白いのぼりが、曇天の空の下、パタパタと風になびいております。
「ほら、早く!」
と女房に促されるまま春夫が、早速満員の会場に入りまして、それからしばらくの間、本当にこんなところで眠ることができるのだろうか、と訝しながら、席に座って待っておりますと、やがて壇上に、でっぷりと太った横山先生が上がってまいりまして、そうしてダラダラと長ったらしい演説を始めました。
さて不眠症の春夫は、その後どうなったのかと申しますと、もう演説の半分も聞かぬうちに、うつらうつら、しまいには、グーグーと大いびきをかいて、寝ておりました。
さぞ退屈だったのでしょう、おめでたいお話でした。