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仕事終わりの居酒屋で、人事異動を受ける

仕事終わりの夜10時、銀座の中央通りから離れた小さな居酒屋で、気前良し器量良しのMマネージャーに開口一番、こう言われた。

「結論から言うとね、近いうち、鎌倉に異動してもらうことになるよ 」

その言葉を聞いて、悔しさと安堵が入り混じるような気持ちになった。

「やっぱり、銀座でのウェディングプランナーは、わたしには無理だったんですかね......」

「がんばってたわよ。それは認める。でもクレームでちゃったし。あんたにはこの場所じゃない方がいいって、判断したの 」

「はぃ」と、小さな声でうなづいた。

・・・・・・

ウェディングプランナーとして、東京に上京してから半年。名古屋で培った経験は、ものの見事に打ち砕かれ、わたしは新郎新婦からクレームを受けてしまった。

その名も、「チョコレートスプレー」事件。

某ブランド店の高級レストランで、ある新郎新婦の結婚式を担当した。その新郎新婦は「チョコレートクリームのウェディングケーキ」を注文していた。

しかし、結婚式当日、厨房に足を運んだら「純白のウェディングケーキ」ができ上っていたのだ......。

ハンマーで、頭を殴られたような衝撃を受けた。
どどどど、どうしよう。というか、なんで?

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出典:WEDDING NOTE

パティシェは、イタリア人の年配男性。

そしてレストランマネージャーは、ファション誌から出てきたような脚長のフランス人男性。(日本語が話せる)

ふたりは困った顔で腕組みをしている。わたしに気づくとレストランマネージャーがこう言った。

「チョコレートスプレー、まぶそうか?」

「いや、それチョコレートケーキじゃないですよね......?」

低い声で嫌みっぽくツッコミを入れてしまったが、この状況に困惑しまくってるのでどうか許してほしい。
「ケーキの作り直しは、無理だよ!」とパティシエが肩をすくめた。

ケーキ入刀まであと30分。Mマネージャーに電話で報告。でもどうすることもできないこの状況。胃が痛い。誰か助けて。わたしは非常階段でうずくまった。


新郎新婦は、完璧な結婚式を望んでいた。式当日、この問題をどうとらえるか、考えただけでもつらかった。でも言わなければならない。おふたりに報告しなければ......。


友人をもてなす新郎新婦は忙しい。この事件について、「まかせます」と言ってくださった。そう言うしかないだろう。わたしはレストランマネージャーのもとへ向かい、こう言った。

「チョコレートスプレーで、お願いします。」

わたしの回答を待ち望んでいた彼は、「ウィ」とうなづきながら厨房へ向かった。

パティシエやコックたちが、純白のウェディングケーキに茶色のスプレーをまぶしていく。わたしは胃の痛みを押さえながら、その光景を見届けた。

・・・・・・


数日後、新郎新婦からクレームがきた。当然だろう。ただのケーキじゃないのだ。ウェディングケーキに思い入れのある人は多い。

でも、理由はそれだけじゃないと思う。クレームになってしまったのは、わたしとおふたりの信頼関係ができていなかったことも要因だろう。

からっからに渇いた抜け殻になりながら、クレーム報告書を書いた。

その数週間後、プロデュース部のMマネージャーから「ごはん行くよ!」と誘われ、そこで、鎌倉への異動が言い渡されたのだ。

「でもさ、あんためちゃくちゃ恵まれてるよ?なんたって、海岸沿いの新店舗のオープニングスタッフとして働くんだから!」

そういや、もうすぐ鎌倉の結婚式場ができることになっていて「誰が新店舗に行くのか?」と、社内でも話題になっていたっけ。

「毎日海の近くで仕事できるなんて、サイコーじゃぁん!」

肩を引き寄せられ、Mさんの豊満ボディに埋もれた。

「こんなダメっぷりを銀座でさらしたのに、鎌倉でがんばれますかね?」

「もぅ。根暗か?がんばれるかどうかなんてわかんないよ。でも、あんたのこと信じてるよ。あんたはいい子。お客様想いのね。」

「......Mさん、寂しくなります」Mさんの胸に抱きついた。

「うん、ずっと見守ってるからね」Mさんもぎゅっとわたしを抱きしめた。

数週間後、わたしは鎌倉駅に舞い降りた。

・・・・・・

▼ウェディングプランナーのときのエッセイはこちら。

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池田 アユリ@インタビューライター
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