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はじめての食欲不振レポート

たぶん人生ではじめて食欲のない時期を過ごしている。

今日の昼、久しぶりの街での仕事が終わって記憶を頼りにサラダ屋にたどり着き、喜び勇んでわたしの好きなものしか入っていない魅力的なメキシカンサラダとシンハー(タイのビール)を注文した。二階席の快適な一角を確保して、さて、とサラダの乗ったプレートと対峙したところで、気付いてしまった。

少しも食べたくない。


わたしの目の前にはたっぷりの野菜にプリプリの茹で鶏がのせられたサラダがある。全体にかかっているサルサソースのミワクの香りを認識はできるものの、いつものように脳の喜ぶところに届いてはこない。
葉菜の新鮮なグリーンとトマトの赤とコーンの黄色、そこにチーズの白が加わって、見た目にも本当にきれいだと思う……。しかしいつもは美味しさを約束してくれているように映るその彩りの良さも、今のわたしの目にはなんだか情報過多で、しんどい。

どうしても手をつけることができない。
わたしはプレートの前に両肘をつき、碇司令のポーズでサラダをにらみつけていた。

サラダにはまるで問題がない。この店のサラダがとてもおいしいのは知っている。一品でランチを務めきれるボリュームと味のよさを備えている。信頼に応えてきたサラダなのだ。おかしいのはサラダではない。わたしだ。

三十何年途切れることのなかったわたしの旺盛な食欲は、一週間くらい前から突然どこかに去ってしまったみたいなのだ。今まで一度だってこんなことはなかった。
食べたくても食べられないくらい忙しい日はあったけど、そういう日だって食欲はつねにわたしを離さなかった、苦しいくらいに離してくれなかった。
わたしはあれだ、帝王切開のあとの絶食タイムですら身体はボロボロなのに食欲だけは超元気で、食べたくて食べたくて仕方なくて、看護師さんにねだって口に入れてもらった氷ひと粒しゃぶりながら、ゴハンたべたいよーって半べそかいていたのだ。
そのわたしが、どこも怪我していないのに、サラダも食べられないなんて。

いや、さすがにサラダはいけると思ってたわ。
こんなことがあるのか。

色とりどりのサラダを眺めつつシンハーを飲んだ。空きっ腹にビール。良くない。でも美味い。食欲なくても液体はいけるのかあ。知らないことばっかりだ、食欲不振の世界。



デフォルトが食いしん坊すぎただけに、何日間か食欲が失せているだけでこうもうろたえているわけだが、一方で、これはもしかしたら人生ではじめてのカリカリに痩せるチャンスなのでは? とも思う。

わたし、カリカリに痩せているのが良いとか美しいとか思ってるわけじゃないんだけど、一度そうなった自分の姿を見てみたいって欲はずーっとあったんだよね。
でも物心ついてからずーーっと食欲のドレイだったから、カリカリに痩せる隙など訪れなかったのだ。今までは。

食欲が唐突に去り、晩ごはんが食べられなかった衝撃の日から、夜な夜なYouTubeの筋トレ動画を観ながら筋トレに励むことをはじめた。ろくに食べもせず筋トレをするのでヘロヘロになるが、運動をしても食欲はわかない。アミノ酸の粉末とビタミン剤を喉に流し込んで気絶するみたいに寝ている。

食事はまったく摂れないわけじゃないが、少量でも喉がつかえる感じがする。朝ごはんは仕事で倒れないためだけに無理やり食べている。

決して健康ではないし、今わたしの身体は何らかのサインを発しているんだろう。でも、食欲に振り回されずに日々を過ごすのがあまりに新鮮で、ちょっと愉しむ気持ちにもなってしまっている。この症状がしばらく続くようなら医療機関を受診しようとは思うけど。

ちなみにシンハーをちびちびやりながら一時間眺めつくしたメキシカンサラダはドレッシングの塩気でかさが減ったところをやっと食べた。もはやサラダではなく和え物だったし食べ切るまで三十分以上かかったけど美味しかったです。


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