渡部昇一流『四書五経』の解釈
81、忘れられても怨まない
🐢 遺失せられて怨みず 🐢(『孟子』公孫丑上)
忘れられていても怨まない、という意味である。
たとえば、戦前戦中に最も力のある評論家といえば保田與重郎であった。しかし、
敗戦後、彼はひっそりと自分たちの仲間内でガリ版刷りのような雑誌を出していた。
保田與重郎は死んでしまったと思っていた人もいたそうである。しかし、
そのうちに復活してきて、四十巻もの全集が出ることになった。
また小野田寛郎氏は、戦後二十数年もルバング島に潜んでいた。
残置兵として、まさに世間から忘れられた存在であった。
最後は、上官の命令が下りたという形で日本へ戻ってきたが、
恨みがましいことは何一つ言わず、
口にしたのは日本が堕落していることを嘆くような言葉だけであった。
「遺失せられて怨みず」とは、こういう人たちの姿勢を言うのである。