【連載小説】トリプルムーン 11/39
赤い月、青い月、緑の月
それぞれの月が浮かぶ異なる世界を、
真っ直ぐな足取りで彷徨い続けている。
世界の仕組みを何も知らない無垢な俺は、
真実を知る彼女の気持ちに、
少しでも辿り着くことが出来るのだろうか?
青春文学パラレルストーリー「トリプルムーン」全39話
1話~31話・・・無料
32話~39話・・・各話100円
マガジン・・・(32話掲載以降:600円)
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***第11話***
「そりゃもちろん驚くさ、まして恋愛とか異性とかに何の興味もなさそうなやつが、急にだからさ。」
「そうだよね、本当ごめんね。」
「いや、べつに謝るなよ、だれも怒っちゃないし、おめでたいことなんだから。」
「そう?そっか、おめでたいことだもんね、ありがとう。」
そう言いながら彼女の声は少しずつトーンダウンし、うつむいたまま俺の汚れたスニーカーを眺めていた。
コウモリはもうどこか巣に帰ったのだろう、あたりは静寂に包まれ、静かにそよ風だけが流れている。
街からは、申し訳なさそうに車のクラクションが一度だけ鳴り響いた。星達は何も気付かないふりをしながら、相も変わらずキラキラと瞬いている。
ふいに彼女は顔を上げると、まっすぐ俺のことを見つめてきた。そこには何か意思を感じさせる視線があった。
俺は驚いて目を見開いたが、うまく彼女の視線を見つめ返すことが出来なかった。いつもみたいに冗談を言えたらどれほど楽だろうと思ったが、彼女は真剣に何かを想っているようだった。
彼女はおもむろに目を閉じ、ゆっくりと顎をあげながら、唇を俺のほうへ向けた。その仕草は、まるで巫女が神聖な儀式をするように厳かでありながら、同時にとても無防備で可憐でどこまでも愛おしい仕草だった。
突然そんなことをする彼女に驚いたが、不思議と俺のなかに戸惑いや迷いの気持ちが湧いてくることはなく、自然と彼女を受け入れたいと思った。
俺はゆっくりと彼女の肩を抱き寄せると、目を閉じながら淡い桜色の唇にやさしく口づけをした。
その間、時間は限りなく永遠に近い時を止めながら、いくつもの世界を凝縮し、また無数に飛散させていった。夜空に輝く緑の月は、驚きと恥じらいで顔を赤くし、真っ赤に染まり上がっているかもしれない。
人の気持ちを知りたいなんて今まで一度も思ったことはないが、今の一瞬だけでもいいから彼女の気持ちを知りたいと思った。
彼女は今何を考えているのだろう。一体どんな気持ちなんだろう。その答えを知りたい強い衝動に駆られた。
彼女は俺に向かって、ありがとうと言ってくれているだろうか、ごめんねと言っているだろうか。もしかしたら、さよならと言っているかもしれない。
いや、本当にそうだろうか?きっとそんな事はないだろう。
彼女は思ったより根が単純で素直な女の子だから、何も気付かない間抜けな俺に向かって、シンプルにバカと一言心の中で言い放っているに違いない。
そう、俺はいくつになっても乙女心ひとつ分からない、どこまでもバカで愚かしいだけのどうしようもない男なのだ。
夜空に浮かぶ緑の月は、誰にも気付かれずにその色を鮮明な赤に変え、宵闇のグラデーションを美しく変化させていった。
宵闇が赤いグラデーションに彩られると、次第に空は紫色へと移りゆき、月はいつの間にか深海に眠る人魚の瞳のように、美しい青色に染まっていった。
そして誰にも気付かれないように再び月が緑色に戻る頃、バカな俺を一人だけ残して世界は静かに眠りについていった。
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