【連載小説】トリプルムーン 6/39
赤い月、青い月、緑の月
それぞれの月が浮かぶ異なる世界を、
真っ直ぐな足取りで彷徨い続けている。
世界の仕組みを何も知らない無垢な俺は、
真実を知る彼女の気持ちに、
少しでも辿り着くことが出来るのだろうか?
青春文学パラレルストーリー「トリプルムーン」全39話
1話~31話・・・無料
32話~39話・・・各話100円
マガジン・・・(32話掲載以降:600円)
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***第6話***
しばらく街を歩いていると、アーケードを抜けた先にある緑豊かな公園に行き着いた。遊具などはほとんど無いが、広葉樹がいくつも植えられ、青々とした芝生が敷き詰められた、この街には相応しくないほどの綺麗な公園だ。
芝生に沿った遊歩道には適当な間隔にベンチが置かれている。俺はそのベンチの一つに腰を降ろし、しばしこの綺麗な公園の景色を眺めることにした。この公園に来るのはたしか半年ぶりくらいだろう。
以前ここに来た時は、彼女(と言ってもあいつはただの友達だが)と一緒にここで野良猫に餌をやったりしながら、のんびりとした休日を過ごしたのが最後のはずだ。
「ああいい天気だなあ、暑くもなく、寒くもなく。」
そう言いながら大きく伸びをして、あーあ、と声を出し、たっぷりと酸素を含んだ空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
コンビニで買ったコーヒーを一口飲んで、ふう、と一息つくと、すでにベンチは俺の体の一部になったようにピタリとくっつき始めていた。
そんな一連の動作をしたあと、また俺の頭の中に三十歳の男というフレーズがよぎったが、そんなことをいちいち考えてもキリが無いなので、ひとまずその言葉はズボンのポケットに仕舞い込むことにした。
三十歳になったその日のうちに、これほど気持ちの処世術が身に付くとは、人の成長とは思いがけないものだ。これが年の功というのなら、俺の今後の人生はきっと大器晩成で揺るぎないものになってくれるだろう。
ベンチに座ってコーヒーを飲んでいると、ふと視界の端に黒い物体が映り込んできた。もぞもぞと公園の芝生の上で動くその物体は、よく見ると黒い一匹の猫だった。
「あいつは、半年前に餌をあげてやった野良猫かなあ。」
遠目でしばらく様子を見ていると、黒猫はゆっくりとこちらに近づいてきて、ひょいと俺の座っているベンチに上がってきた。
少し驚きはしたが、公園に出入りする野良猫だけあって、人間に対して慣れているのかもしれない。
その猫の尻尾の折れ具合や耳の尖り具合を見る限り、どうやら半年前に餌をやった黒猫に間違いなさそうだった。
「お前まだこんなところで野良やってたのか?このご時世に公園で野良なんかやってたら、保健所の人間とかに捕まったりして危ないんじゃないのか?」
最近では野良猫を保護してあげたり、餌や寝床を確保してあげたりする活動なんかもあるようだが、そうは言っても野良猫が保健所に連れられてしまうケースはまだまだ十分にあるはずだ。
この地域では野良猫に対してどのような対処をしているかは知らないが、俺としてはわりと真面目に野良猫たちの行く末を案じないわけにはいかなかった。
そんな俺の心配する気持ちをよそに、目の前の黒猫は微動だにしないまま、じっとこちらの顔を見つめてきた。
「お、おい、なんだよ、そんな真剣な顔でこっち見て。餌が欲しいのか?まあ、さっき買ったパンがあるから少し分けてやるよ。ちょっと待ってな。」
そう言って俺はコンビニの袋からパンを取り出し、具が入ってる部分を少しちぎって黒猫の前に差し出した。しかし、黒猫は目の前に置かれたパンに見向きもせず、じっと俺の顔を見つめたままだった。
「え?なんで餌をやったのに食べないんだお前?っていうか普通食べないにしたって、臭いを嗅ぐとか、前足でつつくとかするだろう、猫なら。どうした?」
驚く俺を無視するかのように、黒猫はなおも微動だにせず俺の顔を見つめ続けた。まるで美術館に展示された絵画を鑑賞でもしてるかのように、じいっと一点を見つめ続けている。
見つめるというよりは、覗き込んでいるのかもしれない。覗き込んで何かを読み取るような、考えているような、そんな不思議な表情を黒猫は保っていた。
「みゃあ」
「みゃっ、みゃあ、、」
突然鳴いた黒猫の声に驚き、相槌を打つように俺まで猫の鳴き声で反射的にしゃべってしまった。それでも黒猫は姿勢を崩すことなく、俺の目を見つめながら真剣な様子で鳴き続けた。
「みゃあ、みゃあ、みゃあ。」
「おい、何だよ、どうしたんだよそんなに鳴いて。周りの人に変な目で見られるから、あんまり大きな声出すなって、なあ。って俺、野良猫に何言ってんだ、まったく。おい、やめろって。」
すると黒猫はベンチを降りて、俺のことを誘うように振り返りながら鳴き続けた。
「なんだよお前、餌が要らないどころか、俺に何か用でもあるのか?」
冗談でそんなことを口にしてみたが、黒猫はまったく本気な様子で俺に向かって鳴き続けた。
「わかった、わかったよ、何か大事な用があるんだな。じゃあちょっとだけ付いて行ってやるよ、まったく。」
そう言ってベンチから腰を上げると、黒猫は尻尾をピンと立てながら俺の少し前を歩き始めた。
時折うしろを振り返りながら、俺がちゃんとついて来ているかを確認し、5mほど進むごとにみゃあみゃあと鳴き声をあげていた。
一体こいつは俺をどこに連れて行くつもりなのだろう。金銀財宝のありかでも教えてくれるだろうか?もしそうなら大変に有難いことだが、この俺が猫からの恩返しをいただけるほど善行を積み重ねた覚えはない。
俺が野良猫にしてあげたことと言えば、ときどき餌をやったり行く末を案じてあげたりする程度のものだ。
どちらにしろあまり過度な期待はせずについて行くのが賢明だろう。そう思いながら俺は黒猫の後をついて行ってみることにした。
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