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【連載小説】トリプルムーン 8/39

赤い月、青い月、緑の月
それぞれの月が浮かぶ異なる世界を、
真っ直ぐな足取りで彷徨い続けている。

世界の仕組みを何も知らない無垢な俺は、
真実を知る彼女の気持ちに、
少しでも辿り着くことが出来るのだろうか?

青春文学パラレルストーリー「トリプルムーン」全39話
1話~31話・・・無料
32話~39話・・・各話100円
マガジン・・・(32話掲載以降:600円) 

※第1話はこちら※


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***第8話***

 南の空に一番星が灯り始め、音もなく夜のとばりが降りる頃、街は胸を躍らせながら道行く人々をその深い懐に受け容れていった。

 俺は久しぶりに彼女と二人でパスタを食べる事にした。
彼女と言っても別に付き合っているわけではないので、ただの友達ではあるのだが、それでもチェーン店やファミリーレストランではなく、個人で看板を掲げているイタリアンの店に入った。

 店内は気取った様子のないカジュアルな雰囲気のイタリアンだった。
壁は淡いクリーム色の漆喰で、随所に木製の額に入れられたイタリアの風景画らしきものが飾られており、テーブルには赤と緑と白のトリコロールがあしらわれた可愛らしいテーブルクロスが引かれていた。

 友達と気軽に食事を楽しむにはうってつけのカジュアルイタリアンという趣の店だ。

「私、イカ墨のパスタとチキンのサラダね。」

 席について少し店内を見やると、彼女はほとんどメニューを見ることもなく俺に向かってオーダーを言い放った。
 彼女のマイペースな行動には慣れているので、それに対して特段気持ちを乱されることもなく、俺は俺でいつも通り自分のペースで何を食べようかとオーダーを考えた。

「そうか、じゃあ俺は、ボンゴレビアンコのパスタかなあ、サラダはそうだな、俺もチキンのサラダにしよう。」

 そう言うと俺は手を挙げてウェイトレスを呼び、二人分のオーダーを伝えた。飲み物はどうするか聞かれたので、適当にオススメのワインを追加しておいた。

 考えてみれば付き合っているわけではないにしろ、異性と二人で食事をするのにイカ墨のパスタを注文するなんて、こいつは本当にマイペースなんだなと妙に感心した気持ちになった。

 もしかすると、不器用な彼女なりの照れ隠しみたいなものかもしれない。
そう前向きに捉えることも出来なくはなかったが、マイペースで天才肌な彼女の思考はどこまでいっても俺には推し量れないだろう、というどこか居心地の良い諦めの気持ちも浮かんでいた。


「昨日の夜は雨だったよね?」
「ん?ああ、そうだったな。わりと降ってたよな。」


「でも今夜は晴れているから、きっとお月さまも見れるよね。」
「そうだな、満月のお月さまが綺麗に見えるだろうな。」


「どんな風に見えるか、楽しみだね。」
「うん、そうだな。雲一つなければ、まんまるで大きいお月さまが見えるだろうな。」


「初雁が飛んでったりしてね。ふふ。」
「いや、まだ秋じゃないんだから、初雁は早いだろ。ふふ。」


 他愛ない冗談を交わしていると、さっそく二人分のパスタ料理が運ばれてきた。真っ黒なイカ墨のパスタと、真っ白なボンゴレのパスタだ。


「男と女がそれぞれ白と黒の料理を食べ合うって、なんだか象徴的で面白いね。」
「うん、確かにそうかもな。これで俺が歌ってお前が踊れば、古代の壁画に描いてもらえるかもしれない。」


「うふふ、あなたのそういう冗談って嫌いじゃないよ。知的なようで全然知的じゃない感じがしてて。」
「知的だろう、古代の壁画なんだから。それとも象形文字のほうがお好みか?」
「もしかしたらね。うふふ。」

 初めて入った店だったが、料理は思いのほか美味しく、オススメで選んでもらったワインも料理に合っているようでとても美味しかった。
 イカ墨パスタの味がどんなものかもちょっと気になったが、一口くれと言うのも何だか気が引けて結局言えなかった。

 まあボンゴレが美味いんだから、きっとイカ墨も美味かっただろう。彼女が黙って一気に食べているのが何よりの証拠に違いない。
 料理を食べ終えると、さすがに彼女は席をはずして、口元を整えに手洗いに行った。
 マイペースな彼女にも最低限のマナーとエチケットは備わっているのだろう。むしろ他人と向き合ったときの共感力が人一倍強いからこそ、ここまでの行動は不快に思われない、という彼女なりの明確な線引きがあるのかもしれない。


 一人テーブルに座ったままの俺は、残ったワインを飲み干し、この後どうしたもんかなと考えを巡らせた。
 うまい酒が入ったせいなのか、いつもより下心が働いてないと言えば嘘になる。彼女は顔つきこそ童顔ではあるものの、胸の膨らみや体の丸みなどは十分過ぎるほどに大人の女性なのだ。

 いい歳した男が一緒に酒を飲んで、まったく気持ちが刺激されない訳がない。だからと言って事を急いてはなんとかという言葉もあるし、何より今日はそんなつもりでお互い食事に来た訳ではない。

 まずは予定通りまあるいお月さまを拝みに行かなければならないだろう。
そう思うと俺は慌ててウェイトレスに水が欲しいと声をかけ、彼女が戻ってくるまでに必要な分だけのクールダウンを図った。

 まもなく席に戻ってきた彼女は、なぜだか先ほどより少し浮かない顔をしているように見えた。

「どうした?気分でも悪くなったか?」
「ん?ううん、別に、大丈夫だよ。」


「そうか?ならいいけど。そろそろお勘定していいよな?」
「うん、いいよ。早くお月見行こう。」


 そう言うと俺と彼女は席を立ち、混み始めた店をあとにしながら、月が見える丘へと向かって歩き出した。



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