【連載小説】トリプルムーン 10/39
赤い月、青い月、緑の月
それぞれの月が浮かぶ異なる世界を、
真っ直ぐな足取りで彷徨い続けている。
世界の仕組みを何も知らない無垢な俺は、
真実を知る彼女の気持ちに、
少しでも辿り着くことが出来るのだろうか?
青春文学パラレルストーリー「トリプルムーン」全39話
1話~31話・・・無料
32話~39話・・・各話100円
マガジン・・・(32話掲載以降:600円)
----------------------------------------------------
***第10話***
「えっ?」
唐突な彼女の告白に、俺は驚いて言葉を失い、身体を固まらせたまま頭が真っ白になった。
「結婚?」
訳が分からないままその言葉をオウム返しして、俺はただその場に立ちすくんだ。
「うん、そうなの、職場の人とね、年内には籍を入れようって話になってるんだ。」
彼女とはもう二年ほど友達付き合いをしているが、結婚や恋愛や職場の人の話など、まったくと言っていいほどした事がなかった。
別に意図的にその手の話を避けていたわけではないが、彼女がそういった話題が好きではないのに、詮索をするのもなんだか差し出がましいと思ってあまり触れてこなかったのだ。
それにしても突然、結婚するという告白を受けて、俺としては全くの寝耳に水で、驚きを隠せなかった。
そして何より彼女に好意を抱いている俺としては、正直ショックとしか言いようがなかった。
透明な光を放つクリスタルに突然ヒビが入り、粉々に砕け散る音がどこか遠くで聞こえた気がした。
「ごめんね、なんか急にこんな話しちゃって。」
「いや、別にそんな、っていうかほら、めでたいことじゃん、結婚って。おめでとう、よかったな。」
頭が真っ白になりながらも、俺はなんとか言葉を返し、彼女に祝いの言葉をかけた。
ただ、その後になんて言葉を続けたらいいか分からず、結局その場で黙りこくってしまった。
普通なら、相手はどんな人なのか?きっかけは何だったか?など聞いてみたりするものなのだろうが、今まで恋愛の話などした事がないのに、急に根掘り葉掘り聞きだすのはあまりに不自然に思えて何も聞けなかった。
というよりも、結婚相手のことなど俺にはどうでもよかった。むしろ彼女はなぜ今までそのことを俺に黙っていたのか?そんな疑問で頭がいっぱいで、何も言葉が思い浮かんでこなかったのだ。
「何度かあなたにも話そうと思ってたんだけど、なんだか言い出すきっかけがなくて。ほら、私たちってさ、そういう話ってちょっと苦手じゃない、色恋沙汰の話とかさ。」
「色恋沙汰って。」
思わず吹き出してしまったが、確かに彼女の言う通り、俺たちはその手の話は苦手であることは間違いなかった。
人間と人間が惚れた腫れたと一喜一憂するような、世界の終りに比べたら些細でどうでもいい色恋沙汰の話なんかは。
しかし、彼女が冗談っぽくいつもの調子で話を続けてくれたので、俺も言葉を繋ぎやすくなり、自然と思い浮かんだ質問を投げかけた。
「でも、男の人と付き合ったことはないし、恋愛にも興味はないって言ってただろ?どうして急に結婚なんかすることになったんだ?」
「たしかに恋愛に興味はないし、男の人とも付き合ったことはないよ。この歳になってキスもしたことなければ、セックスもしたことないし。」
「いや、なにもそこまで聞いちゃいないけど。」
「だから今度結婚するっていう彼ともまだ何もしてないの。お付き合いすらほとんどしてないって感じ。」
「え?なにも?っていうかお付き合いもしてないのに急に結婚するってことなのか?」
「そう。職場のその人に食事に誘われて、突然だけどよかったら僕と結婚しませんか?って言われて。その人とは同僚として普通に接していただけなんだけど、いきなりそう言われて、なんかそれも悪くないかも、ってふと思ったんだよね。」
「職場の同僚が、付き合ってくださいとかじゃなくて、いきなり結婚してくださいって、プロポーズしてきたってことか?」
「そういう事になるね、はは、やだ、考えてみたらすっごい変な話だね。でもなんだか私の中では妙に腑に落ちたような感覚で、ああ、私結婚するんだなあって思ったの。別に全然いやな感じじゃなくてね、自然と流れにのってるような不思議な安心感があるんだ。」
そんな言葉を聞いていると、彼女は本当に結婚するんだなという実感が少しずつ伝わってきた。
かなり突然ではあるにしても、悪い選択をするわけでもなさそうに思えた。
人生っていうのはまったく分からない、いつ何時に何が起こるのか、誰にも予測がつかないものなんだろう。
三十歳になった俺は、そんな人生のダイナミズムを目の前にして、また一つ大人になった感覚を覚えた。
「どう思う?こういうの?」
「え、どうって?結婚のことか?」
「うん、友達が何の相談もなく突然結婚するってさ、やっぱりびっくりした?」