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【連載小説】トリプルムーン 5/39

赤い月、青い月、緑の月
それぞれの月が浮かぶ異なる世界を、
真っ直ぐな足取りで彷徨い続けている。

世界の仕組みを何も知らない無垢な俺は、
真実を知る彼女の気持ちに、
少しでも辿り着くことが出来るのだろうか?

青春文学パラレルストーリー「トリプルムーン」全39話
1話~31話・・・無料
32話~39話・・・各話100円
マガジン・・・(32話掲載以降:600円) 

※第1話はこちら※


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***第5話***


「そうなのよ、もう本当に大変でとっても手間がかかるんだからあ。」


 そう言いながら、自分が普段からどれほど植物に対して愛情をかけているかを、大きな目と口を器用に動かしながら楽しそうに話し始めた。
 俺はほんの少しだけオーバーなリアクションと相槌を打ちながら、じっくりとおばちゃんの話に耳を傾けた。

 もちろん俺はおばちゃんの話を聞く為にここに来た訳ではなく、お気に入りのサボテンを買い求めに来ている。
 しかしながら、俺はもう三十歳になった大人の男だ。園芸店の店主と談笑しながら自分の欲しい物を品定めする、それくらいの器量と社交性くらいはきちんと持ち合わせなければならない。

 ましてやこの街にある店で、俺のお気に入りとなるような店は数が限られているのだ。大事にしておくことに越したことはないだろう。
 俺は耳ではおばちゃんの話をしっかりと聞きながら、目では自分が買おうとしているサボテンがどこにあるかをきちんと探し求めていた。

 おばちゃんがひとしきりお喋りを終える頃、話題が次へと移ってしまう前に、俺はさりげなく店の奥に鎮座する小さなサボテンを指さした。

「あのサボテンは花を咲かせますか?あの奥にある、あのちょっとデコボコした形のサボテン。」

「えっ?どれどれ?どのサボテンかしら?」

 おばちゃんが店の奥のほうを振り向き、花の咲くサボテンを探しだしたので、俺は二歩ほど前に進んで、これです、とそのサボテンを手に取ってみせた。
 手の平サイズのそのサボテンは、小さいながらもデコボコとしたコブのような隆起があり、可愛げがあるような無いような微妙なシルエットをしていた。

「これは、多分咲くと思うわよ、お花。」

「何色の花が咲きますかね?」

「ん~、ちょっと色までは、咲いてみないと分からないからねえ。育てながら気長に待ってみるしかないわね。」

俺はそこで礼を言うと、そのサボテンを買うことにした。


「それと、あそこのアレンジフラワーもください。」

「アレンジ?はいはい、どの色のお花がいいかしら?」

 俺は園芸用冷蔵庫の隅に並んでいる、小ぶりで派手すぎないアレンジフラワーを指さした。
 おばちゃんは慣れた手つきでそれを取り出しながらも、接客用の笑顔の奥でにんまりと嬉しそうに微笑んでいるような気がした。

 きっとよほど俺におせっかいな詮索をしようか迷っているに違いない。
あら、あなたも隅に置けないのね、彼女にでも贈るの?それとも奥さん?それとも、まさか?といった類の詮索だ。

 さすがに俺もそんなプライベートな話をする柄でもないので、そのアレンジフラワーを誰にあげるのかという世間話は敢えてしないことにした。
 おばちゃんは強い好奇心を宿した目でこちらの様子をちらちらと窺っている。
 それは戦場に降り注ぐ鋼鉄の矢のように鋭い視線だったが、俺も負けじと鉄のように硬い笑顔を盾にして、必死にその場をやり過ごすことにした。

「ありがとうございました。」

 いつもより少しだけ含みのある挨拶を背に受けながら、俺はお気に入りの園芸店をあとにした。


 陽射しは少し傾きかけてはいるが、夕暮れまでにはまだ時間があった。彼女との約束の時間まで、どこかで軽く暇を潰さなくてはならない。
 でもこの街で俺がうまく時間を潰せるような場所があるだろうか?烏合の衆が溢れ返る、ただ騒がしいだけのこの街で。




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