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挨拶の真意

日本人は、挨拶をとても重視します。

きちんと挨拶できることが、社会人の基本と位置付けています。

この”挨拶”という言葉は禅語に由来しています。

朝起きてから開口一番、『おはよう』と言うのは、単なる挨拶以上の意味があります。相手の反応、返事の仕方によって相手の状態がよくわかるからです。

明るい声で「おはよう」とおうむ返しにポンポンっと返事が戻ってこれば💮。
その人の精神状態はいいし、自分自身との関係性も良好。
対人関係として、声をかけた相手と自分のエネルギー交換がスムーズに循環しているなと、確認できるわけです。

反対にもし、相手の反応が鈍く、低いボソっとした声だったり、または返事がない、あからさまな無視、というような時は「あれ、何かブロックがかかっている」「相手が抵抗、反発してる」「エネルギーが滞っているな、」と察するわけです。

挨拶とは、もともとは仏教用語で、禅問答のことを指しています。
一般的には、挨拶とは「人に会った時、別れる時に取り交す言葉、動作」という意味ですが、仏教的には『師匠が弟子の悟りの度合いを推し量ること』を意味するそうです。

挨拶の二文字を分解すると、

挨=軽く押すこと、近づく、押して開く
拶=強く迫ること、すり寄る

という意味だそう。

相手の返答の仕方から瞬時に感じ取る言外に伝わってくる内面の露呈。
そこを見てとるのが挨拶の真意だと思います。

挨拶とは、相手と自分の息があっているか、調和状態にあるかを、感じ取るためのツールです。挨拶の言葉がけをした後、向こうの出方、反応を見ることで、今ある状況や相手を見極めることができ、その場に応じた言葉につなげていくことができます。

「今日はX Xさん、調子が悪いのかな」と思えば、適当なタイミングを見つけて、「大丈夫、何かあった?」などいつもより気をかけてあげることもできるでしょう。

もし返事が来なかったり、無視されたからと言って、自分の機嫌を損なう必要はありません。相手の機嫌に振り回されたり、合わせてしまっては本末転倒。自分の土台がぐらつくだけです。むしろ、相手の心境を推し量り、その状態に合わせた調整をする術を自分が身につける必要あり、という風に理解することもできるでしょう。

そういう点で、挨拶をして相手の反応を見るということは、とても有用なのです。

あいさつは日本の教育の基本です。

日本では昔から学校や家庭で「挨拶がろくにできない人は、他のことも真剣にすることはできない」と、とにかく挨拶を非常に重視してきました。

それは人間関係を良好にするために役立つからという理由のみならず、心を込めた爽やかな挨拶はそれ自体が立派な仏道修行でもあるからなのです。



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