「ノラ猫くん」1
「…どうして目を見ないんですか?」
とうとう声をかけてしまった。
いつも行く本屋のあの子。
ずっとずっと気になっていた。
あの子のレジだけ暗い。とにかく暗く、人を近づけないオーラが放たれている。
たまたまあの子のレジに当たった時、私は食い入るように見てしまった。
前髪が長く、メガネをかけ、うつむき加減で、顔なんてまともに見えない。
それなのに、とても美しく、儚い少年だと。
私にはそう見えた。
それ以来、私は彼が気になった。
彼の人嫌いそうな雰囲気が。
ボソボソと呟く小さな声が。
女なんて大の苦手そうなその態度が。
「えっ…」
急にそんなクレームめいた事を言われ戸惑う彼。
そりゃそうだ。クレームにしたってちょっと頭がアレですわ。
私は湧き上がるトキメキを深呼吸と一緒に飲み込むと、普段通りの口調で続けた。
「あなた、いつも下向いてるし、ボソボソ何言ってるかわからない」
指摘をしても尚目を合わせない徹底ぶり。
この子が心開く時、どんな顔で、どんな言葉を口にするんだろう。
心を痛める時、どんな風に切ない目をするの?
発情する時、どんな風に唇を開くの?
「あ、もうしわけござ…」
「違うの、別にこれは怒ってるわけじゃないの」
「………」
「あなたのことが気になるんです、性的に」
あっちゃー…やってしまった。
急に現れた女客に、こんなこと言われたら。
こんなものは犯罪ですよ、ほんと。
私ってやつは…土壇場でアクセル踏むタイプなんだよ、昔から。
「…え」
「あー、いや、今のは無しで!忘れてください!いや、忘れて欲しいわけではないんですけど、あのー、怪しいものではないので!普通のそこらへんの女でして、変ですが、純粋にあなたが気になっただけの純情なので!ほんと、なんか、申し訳ない…!」
理性という存在に助けられる。
っていうかおせーよ理性。もう少しで大犯罪だぞ。頼むぜ理性ー…。
急に変な汗が吹き出してきた。
私は手振り身振り言い訳をしながら、急いでレジから退散し、数分前の自分を恨む。
これからどこの本屋にいけばいいんだよ…はーあ、私ってやつは…
反省した一週間後。
私はまた本屋にいた。
なんてバカなんだ…忘れていた…
一週間前の出来事をすっかり忘れ、必要な資料を探しにノコノコと来てしまった。
私はここに何年も通ってるんだよ…そんな簡単に習慣は変えられないんだな。とほほ。
めぼしい本を数冊選ぶと、変質者さながらの身のこなしで、遠目からレジをチェックする。
並ぶところは1列、レジは5つ。
空いたところに行くシステム。
例の彼は…今日も安定のうつむき加減だ。
はぁぁぁぁ。
彼のレジが、空きませんように。
…いや、彼には会いたい。でもこれ以上変人だと思われたくない!
うーん…そもそも5分の1だ。
そんなに運良く彼に当たるわけ…
……当たった。
「…あのぉー…この間はすみませんでした…」
私を一切見ずに会計を進める彼に、おずおずと話しかける。
どうしてこうも私ってやつは。思い立つと止められない性分なんだ。
「えーと…、全然変な者では無くて、いや、もうこの時点で変なんですが、ここの本屋仕事柄よく来ていて…以前からあなたのことを見かける度に、人を近寄らせないオーラといいますか…接客業なのに徹底して目を合わさずいる姿が印象に残って…でも、一度近くで見た時、あなたの美しさに気づいて…そこから気になって仕方なかったんです…」
「………こちら、お客様控えとカードのお返しです」
前髪の隙間から、チラチラとこちらを覗いている。
…やっぱり。私の思ったとおりだった。
彼の瞳はあどけない少年のような、破壊力のある美しさだった。
「あ、あの、あなたのただのファンなので!何も変なことしませんし、また買い物に来た時は天気の話でもさせてもらえたら嬉しいです!ほんと、なんかすみません…!今日もありがとう!」
私は控えとカードを受け取り、彼のレジから退散するまでの一瞬で“怪しくない”、“君のファン”、“また来る”という伝えたいことを言えた喜びからか、最後に“今日もありがとう!”などという謎のセリフを残し本屋を後にした。
その日の収穫は大きいものだった。
伝えたいことを言えたのはもちろんだが、何よりも、彼の瞳を間近で確認したことは私の血圧を急激に上昇させた。
前髪の隙間から覗くあの瞳に、私の心は完全に掴まれた。
あんな綺麗な瞳、そうそう居ない。
もっと近くで、あの瞳に映るのが私だけになればいいな…なんて。
そんなことを考え、初恋のように湯船の中で浮かれる私は、絶対誰にも見せられない。
それから私は足繁く本屋に通った。
彼がいない日もあり、彼のレジに当たらない日だってあった。
もはや、これはストーカーになるのではないか……いや、でもただ気になる子がいる本屋に買い物に行っているだけ…うん。
……うーん…ストーカーの心理って、もしやこれが始まり?
自分の執着心に戦々恐々としながらも、私は今日も本屋に向かうのであった。
何度目だろう。
いつの間にか寒かった冬が終わり、桜が咲き始めていた。
私はその日も本屋に行き、もう欲しくもない料理雑誌なんか購入するためにレジに並んだ。
その日はたまたま、彼のレジにあたった。
私はそわそわとしながらも、久しぶりに近くで見る彼の姿にトキメキが止まらなかった。
「…今日は、暖かいですね」
「……」
「…桜、咲いてましたよ!」
「……」
「…あ、そういえば」
「あの…からかってるんですか、僕のこと」
………喋った。
接客以外の言葉を喋った…。
初めて聞いた、彼の言葉。
自分のこと、「僕」っていうんだ。
私がしつこく話しかけてたこと、からかわれてるって思ってたんだ。
…なんて可愛いんだよ、このやろーーーーー!
「…え、あ、いや、え、全然!そんなわけ無いです!純粋にあなたに惹かれていて、仲良くなれたらいいなーと思ってるだけです!!ただそれだけ!本当に!」
テンパった私はいつにも増して変質者っぷりを露呈するような説明をしてしまい、一人静かに顔を熱くした。
「………なんで僕なんですか」
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