#36. 誕生日前夜一夜物語2
こんばんは🌙
最近なぜかノノグラムというゲームにハマっている。
縦と横の行と列に数字が書いてあり、その数字分マスを埋めていく。
複数数字がある時は必ず1マス以上空ける必要がある。
しかし、どこから埋め始めるのか、数字と数字の間が何マス空くのかはわからない。
数えて確実に埋まるところは埋めて確証が持てないマスはマークをつけたりして推測を重ねる。
おかげで最近寝不足だ。
こんなゲームをしてないからモテないのかもしれない(ゲームのせいにするな)
今回もKarin.のzineについて話したいと思う。
自分の誕生日を迎えるのも忘れて夢中になった私の居場所である。
6/30に参加した初ライブ「私たちの幸せは」
同タイトルのアルバムを提げたそのツアーでも披露された「空白の居場所」がタイトルである。
今回は前回のzineのような詩集ではなく、短編の4作品が掲載されている。
レコードへの向き合い方、彼女らだけの幸せ、確かな愛、懐かしさの感じ方。
言わんとしていることはわかるのだが、やはり言語化が難しい。
詳細に描写してくれるので彼女の歩き方、表情、何を見て何を考えているのかがイメージしやすい。
私のこのイメージが想像通りかどうかはわからないが勝手に想いを馳せているんだ、誰にも邪魔される代物ではない。
愛や幸せをテーマにした作品だが今の私には随分落ち着く世界観だった。
どうしてだろう。
彼女の記す幸せは当たり前ではない日常に溶け込んでおり、その中にも葛藤や不安様々な感情が入り乱れている。
その不完全さがどこか他人事ではなくて瞬く間に落ちていく永遠に願いを託したくなっているのかもしれない。
一度道を踏み外すともう普通には戻れない、心のどこかでそう思いつつ、きっと普通の幸せを渇望している。
その足踏みを続けているのは過去に囚われているからなのは間違いない。
しかし、過去という今と切り離した都合のいい解釈をあえてし続けているのは紛れもない私だ。
私が今本当に求めているものはなんだろうか、会いたい人は誰なのだろうか。
とりあえず秋の京都に行きたい、冬の銀山温泉に行きたい、あとスイーツが食べたいこれだけは確かだ。
秋の京都に行くのは早くて来年になりそうだ。
それまではもうしばらくもがこうと思う。
誰かと行けてたら万々歳、募集は心の中で随時行っておこう。
初めから指差した
景色が違うって知っていたら
もっとずっと一緒にいられて
幸せを願えてたら / Karin.
きっと元に戻ったところでいつかはこうなる。
それがわかっていたらと考えたところで何も戻らない。
ゆえに人生は残酷で儚い。
もう何度間違えた、あと何度間違えたらいい。
正解が何かもわかっていない。
たった一つ確かなのは私は後悔が好きである、ただそれだけだ。
秘密でもなんでもない、公開も口外も自由にしてくれて構わない。
居場所を失ったら1人船で知らない世界を航海するのもいい、ラフテルを探しに行こう。
良い夜を🌙