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沈黙の川

あなたは…自分の容姿(年齢を含む)と「全く同じ」と言っても過言ではないと思える他人に、突然 出会った事がありますか…

真夜中に始まり、朝方まで山田孝一は付き合い始めて未だ日が浅い森口亜沙子にメッセージを送っていた。

「LIENでも良いんだけど…
今度、聞いて貰いたい話があるのですが…」
「今まで誰にも話したことが無いんだ。」
「他人には全く関係ない話なんだけど…ねぇ。」
「家族も知らない話なんだ。」

亜沙子からは何も返信が無い。
それでも孝一はLINEのメッセージを続けた。
「言っても…ふぅんって終わる話だから…」

すると亜沙子から、やっと返事が来た…「おはようございます  今日は仕事なので後ほど連絡しますね、」
簡単な、しかもシンプルな返信だった。
森口亜沙子の仕事は総合病院の事務職で、この日は土曜日でも仕事があるらしい…

「でも、このまま続けるねぇ。」
孝一は、どうしても今、話したくてしかたがないらしい様子である。

「僕が金沢にいた頃の話なんだ。」

「友達…、いや友達でも無い…」
「そいつの為に…いや、もう…この世にいないやつの事を悪く言いたくないから…」

「とにかく、僕は16歳から17歳に成る年に…あの金沢の広小路に繋がる坂道で出会ったんだ。」

そして孝一は、この後も…溺れている川から這い上がるかの勢いで、LINEの一人chatを続けた…

初めて家族から離れて1人暮し、いや正格には社会人や大学生もいたりする食事付きの寮の様な感じの一軒家で、1人1人に別々の部屋が有る、玄関一つでの バラバラ共同生活って感じで…とにかく横に長い二階建て木造建築の家で生きていたんだ。

なんだか、話が前後して…バラバラ状態な文章に成って分かりづらいと思うけど…
とにかく、普通ならば…未だ高校生の二年生の頃に、僕は家族のいる他県から離れて…そこで生きていたんだ。

その坂道は…その家を出て右に曲がると直ぐ目の前に現れる、けっこ急な坂道で…その始まりには信号機のある横断歩道が…マラソンのゴールラインの様にあるんだ。
何時も下から歩いて登って来ると、そんな感じがするんだ…
…息が切れそうになる坂道だった。

金沢市は戦争で空爆を1度も受けていない地方都市の一つで…その為か昔からの地形と道(道路)が、そのまま今日まで受け継がれて来た様な街(街並み)なので起伏の多い場所にも、寺町の御寺さん達(僧侶)や庶民達(町民)の暮らしが先祖代々続いてきたから…当たり前の様に人々(住民達)は、今も通勤通学で坂道を登ったり下ったりしながら生活をしているんだ。

話を基に戻すと…そんな坂道の登りきった、あの横断歩道ある…歪(いびつ)な三差路交差点で初夏の日差しの強い中、僕は僕に出会ったんだ。

道を挟んで…それぞれの横断歩道を歩く二人は、確実に目と目を合わせて…いや、合わせていながら…と言った方が正しい様な姿勢いで…お互いの歩く足だけが、それぞれの登りと下りに分かれて止まること無く動いている不思議な感覚だった。

二人の間には、少し広めの一車線で…車と車が徐行であれば無理すること無く余裕でスレ違う事の出来る、道幅の道路があるので…この場合、「二人はスレ違った。」とか「二人はスレ違いに…」とかの感覚では無かったので…お互いに、お互いの存在を出会った瞬間から目線が離れるまで十分に意識し合えた…そう、ただ単に何も考えないで、お互いに意識していながらも別れていったのである。

それは、まるで不思議な鏡の中での出来事の様で…しかも突然の事で…ただ、お互いに目を大きく開いて、瞬きする事を忘れている様な感覚だった事を今でも鮮明に覚えている。

これが僕が今まで誰にも話せずに…本当は話したいのに…話せずにいた、僕が僕に出会った日の事なのだ。

大人に成って…「世の中には自分と似た人が三人いる」と言う話を良く聞いた事があるが…、それとは全く関係無く「僕は僕に出会ってしまったんだ…」そうだょ。
それくらい、そのまんまの僕だったんだ。
こんな事を経験した人は…この世に何人いるだろうか…と考えると…空間が歪んで見える不思議な気分に陥る。

良くテレビで…有名人のそっくりさんを見た記憶があるが…それとは明らかに異なる。

その後日、多くの御店が連なる賑やかな大通りの片町バス停付近の歩道を一人で歩いていると…突然、明らかに学校帰りの黒の学生服(学ラン)姿の男達の一人から……「よっ!○○!」って声をスレ違った瞬間…後ろから突然、肩に手を乗せるくらの近さで声を掛けられた事が有ったが…僕が私服でいる事と、当然なんだけど…僕が彼らに対して、知らん顔している表情を見て…不思議そうな目で見つめくる…、その目線を振り払う様に…僕は前だけを向いて、少し早歩きな感じで犀川大橋に向かう歩道を…ただ真っ直ぐに歩き進んだ。
…多分、もう1人の僕の友人達は僕の様子に納得できてないまま…僕の後ろ姿に強い目線を繋いでいる、その感覚を今でも確りと覚えている。

今となっては…その時の僕の僕の顔を思い出せない。
そう、それくらいに歳を取ったのだ。
けれど…思い出せなくて僕は当たり前だと思っているょ。
なぜなら、僕だったから…本当ならば、あの時に友人と呼べない友人に…何も知らされずにバスケ部の部室に「ちょっと付き合ってくれ」と言われて、渋々付き合わされて行ってしまった為に…何も知らずに居た僕にも、その場に居たことで下級生へのパワハラ行為の共犯者だとして…「無期停学」と担任の先生から告げられた…。
あの不条理な出来事がなければ…僕は僕の様に、あの黒の学生服(学ラン)を着て高校二年生の夏を同じクラスの友と田舎電車に乗って片道約1時間半の幾つかの専門的な学科が混在している高校の「普通科」に通っていたのだから…。

今から思い起こせば…「あの時、僕が僕に出会った僕は…いったい、なんだったんだろうか…」人生を振り返り、思いの渦中にいた。

今の僕は社会人として普通の現役生活を終えて、新たな人生を探し迷いながら筆の代わりに、スマホのキーを叩く日々を…暇潰しの様に過ごしている初老でしかないのだが…人生を振り返って見ると…どうしても、あの時の僕の僕が気になって仕方ないのである。

そして僕の僕は「今も生きているのだろうか…」と、頭の奥で深くて長い「沈黙の川」に沈んで行ったのだ…。

山田孝一は後に、私に会った時に言ってましたょ…
「君は君に会ったことがあるかい…」ってねぇ…
私は、その時に彼に言ってやりましたょ…「その答えは君だょ」ってねぇ…

歳月人を待たず…じっと二人が向き合ってた、あの道幅の道が…二人の前を流れる「沈黙の川」と成って…初老の今でも、それぞれの容姿を映し続けていたのであった。

【後書き】人間は自分に全くそっくりな他人に突然、出会った時には…どんな感情を持つものだろか…、その時は、戸惑いや驚きで声や息が止まりそうな感覚でも…後々には、何か不気味だけれども必ず何か意味があると感じはじめ…やがて…もしも、あの時に自分が声を出して呼び止めていたら…と、その後を想像するだろう。
しかし、人間は真実に たどり着く事の無い旅へは向かわずに…その「出会い」が「出逢い」に置き換わって…永遠に頭の奥で「沈黙の川」として 見つめているだけなのである。


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