【映画レビュー】Before Sunrise
「30歳になったら結婚しよう、30歳になってもお互い結婚してなかったら」
「29歳がいいな、20代の内にウエディングドレス着たいから」
「なら、28歳にしておこうか」
「そうね、そのくらいがちょうど良いかな」
長い坂をゆっくりと歩いて駅に着くと、同じく部活帰りの学生で駅はごった返していた。人混みを縫ってホームの中央にあるベンチを目指す。
「進路希望調査、出した?」
「ううん、くちゃくちゃにして捨てた」
「いい加減にしておけよな、適当に書いて出せばいいだろ」
「そっちは?」
「大阪、行く」
「そう、じゃあ私もそうしようかな」
「適当だな」
空いた席を見つけ、腰かける。制服のプリーツスカート越しに伝わるひんやりとした感触に、思わず顔をしかめる。
「部活、最近どう?」
「全然。多分、次の試合もレギュラー取れない」
「それだけがすべてじゃないからね」
「常に目の前のことがすべてなんだけどね」
「俺のことも?」
「もちろん、今は」
急行列車が走り去る。肩の少し下で切り揃えた髪の毛の先に、手が伸びる。
「仲良くしてもらえないんじゃないかって思ってた」
「どうして?」
「馬鹿だと思われてるんじゃないかって」
「そんなわけない」
スカートの上で手を重ねる。
「30歳になったとき、俺たち本当に結婚してるかな」
「残念ながら、私、モテるからな……。していないと思う」
「じゃあさ、今、未来から現在にタイムスリップしてるっていうのは?」
「どういうこと?」
「善良で無害な男と結婚したお前は13年後に、『ああ、あの人と結婚していたらどんな人生だったかな』って、何人かの男を思い出す。その中の1人に俺もいる」
「きっと、いる」
ホームに入線した電車のドアが開き、少しの人を吐き出した後に、大量の人を飲み込んだ。何度も、何度も。そのあまりの自然さは、大量の水の流れを思わせた。
「それで、俺と過ごすはずだった未来を今やってる、っていうのはどう?」
「私にとってはいつでも今がすべて。今はあなたがすべて」
「きっと、大学生になったら会うことはないんだろうね」
「そう、だろうね」
首に回された手が少し冷たい。
「俺さ、19時から塾だったんだよね」
「私のために、授業飛ばしちゃったんだ」
「そう」
「だめじゃん」
「だめ、だね」
時刻はとっくに19時を回り、高校の先生も残業を終えて帰路につく頃だ。皆揃って、「校外のことだから何も言うまい」とばかりに顔を背けて通り過ぎていく。
「今日、塾を飛ばしたってことはさ、大学生になっても女の子にかまけて授業を飛ばさなくていいってことだよ」
「そうかな?」
「未来の前借り。同じ思い出って、1つで良いでしょ」
「じゃあお前も、大学生になっても男と遊ぶために授業サボらない?」
「私は今日、塾をサボっていないから」
「変わらずにいて欲しい」
「変わらないものって、ない」
冗談のように情けなく弛緩していた彼の顔が、神経質に曇った。身体の底から冷えた指先で彼の頬をなぞり、体温を吸った。目を閉じた彼の顔を見つめながら身を乗り出し、前歯で軽く上唇に嚙みついた。何処に行くあてもなく、おだやかに、ただ確かめた。
「帰ろうか。今からだったら、塾、2つ目の講義から間に合うんじゃない?」
「今日、1コマしかなかったよ」
「じゃあ、完全なサボりだ!」
何も持っていないから、誰かから奪わないといけない。奪われたものは、また別の誰かから奪い返さないといけない。その暴力的な交換の場に、神が降りる。
"Au revois."
"Later."
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