「ザ・ハント」に宿るのはジョージ・オーウェルの精神。

【あらすじ】
住んでいる州・性別・年齢など
何も共通点のない12人の男女が
広大な森の中で目を覚ます。
広場に置かれていた箱には
一匹の子豚と銃などの武器が入っていた。
するとその瞬間、銃声が鳴り響く。
血しぶきをあげながら次々と倒れていく人々。彼らはこれがネット上でまことしやかに
噂される陰謀論「マナーゲート」だと気付く。
それは、アメリカの富と権力を牛耳る
リベラル・エリートたちが、
領地(マナー)と呼ばれる私有地に集まって
娯楽目的で保守派の一般庶民を狩る
というものだった。

荒木飛呂彦先生が対談でオススメしていた
この作品。
なるほど確かに面白い。というかかなり好きだ。
主人公の眼差しに宿る思慮深さと意志の強さは
どことなく荒木先生が描くキャラクターの
ようでもある。
ジョージ・オーウェルの「動物農場」からの
引用もあり、知っていればなお楽しめると思う。
ポスターが豚なのもそういうことでしょう。
本作を「人間狩り」という言葉から
ありがちなB級スプラッターと思い込むなかれ。
いや…。思い込んだ方が良いのかもしれない。
この作品は私たちの「思い込み」を
これでもかというほど利用してくるのだから。
事前に調べずとにかく観てほしいと思います。


【以下ネタバレ有り】


本作は「思い込み」がキーワードでしたね。
人々が命を狙われるきっかけとなったのは
「マナーゲート」という陰謀論。
しかし「エリートが庶民を狩る」というのは
事実無根でただの噂話にすぎなかったのだが、
その噂を本当だと思い込んだ陰謀論者たちが
特定の人々を批判し、それにより仕事を奪われた
アシーナらエリートたち。
彼女たちは復讐のため陰謀論者を拉致し、
噂通り本当に「人間狩り」を始めてしまったのだ。

「人間狩り」を事実にしてやれ!という
ぶっとび思考回路。嘘から出たまこと。
しかし「リベラルなエリート集団による
レイシストたちへの復讐物語」には見えない。
なぜならば、エリート集団たちも各々が傲慢で
一般庶民を見下した偽善者であり、
そもそもジョークで「じきにハント(狩り)よ。
マナー(領地)でデプロラブル(哀れな連中)を
殺すのが楽しみ!」と発したことは事実である。
デプロラブルってヒラリーがトランプ支持者を
表現した言葉を意識しての選択ですよね。
本作はアメリカでどちらの立場のメディアからも
批判を受けたらしい。
しかし、作中ではどちらが良いとも悪いとも
描かれていない。
ただお互いに決めつけ、思い込み、
憎み合っている様を描いただけなのである。

そして「思い込み」は私たちにもある。
それは映画的お約束の思い込み。
冒頭、獲物側として登場する
銃の扱えない気弱そうだが優しげな女性。
そしてその彼女が見つけた鍵で猿轡を
外してもらう男性。
はい。この美男美女が主人公ですね。
私たちは必ずそう思う。お約束のような2人だ。
しかし、なんとこの2人はすぐに死ぬ。
ちょっともう感情移入しかけてたよ?
頑張って逃げてほしかったよ?
こんなことって!していいのか!と衝撃である。
その後、そしたらこの人が主人公…かな。
と予想した人物がことごとくすぐに死ぬ。
本編開始25分頃、ようやく現れた人物、
それがクリスタル。彼女こそが主人公なのだ。
しかし、彼女はきちんとそれ以前にも
登場しており、猿轡をされていても冷静な判断で
森の中に消えていたのだが、それを我々は
冒頭の女性目線で見せられていたため、
まさか彼女が主人公とは思わなかったのである。
思い込みだ。

クリスタルはすごい。
アフガニスタン帰りの元軍人であり、
凄まじい身体能力と冷静な判断でバッタバッタと
エリートたちを倒していく。
しかしここで疑問が浮かびますよね。
なぜ彼女は獲物に?と。
彼女もレイシストなのか?と。
答えは簡単。
「人違い」なのである。

エリート側のトップであるアシーナは
クリスタルを狙った理由を
「皆の正義というハンドルネームで
ネットで愚かな口を開き続けたから」
だと話す。
さらにクリスタルの生い立ち
(麻薬によって両親が自殺したこと、
自身の仕事が長く続かないこと)を語り、
ネットに彼女が書き込んだ文章を読み上げ、
『証拠は全て そこに』のthereがtheirに
なっていると指摘する。
ここで今までクリスタルと時間を共にしてきた
私たちは首を傾げる。
まず、生い立ちに軍人であった事実がない。
また、クリスタルがスペルを間違えたり、
そもそもネットで無責任に他人を
批判したりするであろうか?と。

クリスタル「あんたってドジね。
クリスタルの人違いよ。
町に同姓同名が1人いるの。スペルが違うだけ。
たまに間違って手紙も届く」

とクリスタルは返すがアシーナは

アシーナ「私が正しい。それが事実なの」

と認めない。
そこから始まる2人の壮絶な格闘戦!
これがまた良い。
緊迫感の中に笑いがある。
クリスタルが投げた高級シャンパンを
アシーナが「それはだめ!」と必死に
受け止めたり、
クリスタルによってガラスに身体を
打ちつけられそうになったアシーナが
「ガラスは嫌!」とドアを開けたり。

そういえば冒頭で身体が串刺しになった女性が
「明日誕生日なの。パイを食べるのよ」と話し、
男性が「1.2.誕生日おめでとう!」で身体を串から
引き抜いていたのも笑ってしまったな。
あまりにもギャグすぎる。

ラストも最高に好き。
自分の刺された傷を焼き、ドレスを身にまとい、
アシーナの個人旅客機で年代物ワインを
ラッパ飲みするクリスタル。
途中で語られたクリスタルオリジナル版の
うさぎとかめになぞらえたオシャレな終わり方。

この映画は
【この国の作家やジャーナリストが対決を
迫られる最大の敵は、知識人の臆病心なのだ。】と非難されそうであれば出版しないということを
批判したオーウェルのような精神を持っている。


【ザ・ハント/
クレイグ・ゾベル】

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