指の小さな筋肉の話
そういえば小学校の同級生に、掌をパーにした状態から「すべての指の第一関節だけを曲げる」のが得意な女子がいた。そんなこと、自分には真似できなかったので、なんだか気味が悪い印象があった。
そのころから指の筋肉とか神経のつながりを意識するようになった、とも言えるかも知れない。
言うまでもなく、ギターは左手で弦を押さえて、右手で弦をはじくことで音を出す楽器だ。
高校生の頃、ギターを始めて、左手でコードを押さえるとき、小指や薬指がなかなか思い通りに動かないことに気づく。セーハなんて、指のどこに力を入れたらいいのかも分からなかった。
大人になってから弾いた「禁じられた遊び(愛のロマンス)」で、最初に挫けそうになったのは前半終盤の小指のストレッチだし、後半最初のストレッチコードではまさに絶望したものだ。(笑)
まったくギターをやらない人同士でも、「小指と薬指が一緒に動いてしまう」という現象ならちょっとした雑談のネタになった経験があるだろう。
私はつい最近まで、手の指を動かしているのは前腕の筋肉につながる「腱」というもので、小指と薬指の腱は途中でひとつにまとまっているから、それぞれ別々には動かしにくいものなのだ…という程度の理解だった。
いい大人になって、クラシックギターを習うようになり、うんざりするほどの各種アルペジオの基礎練習を経て、右手の指の分離ができてきた頃、先生から「弦をはじくときに、もっと第三関節を使うように意識して」と教わった。
はじめは、あんまりピンとこなかったけれど、最近になってようやく理屈がわかってきた気がする。
そしてさらに、手の筋肉について調べてみたところ、まさに「腑に落ちた」という感覚を味わったのだ。
手の指先から数えて、第一関節と第二関節は、前腕の内側を通る筋肉「深指屈筋」と「浅指屈筋」を使って動かしているが、第三番目の関節(=手のひらに最も近い関節)を動かすのに使うのは「虫様筋(ちゅうようきん)」と呼ばれる掌の中にある小さな筋肉なのだそうだ。
そして、この「虫様筋」こそは、親指を除く4本の指すべてに備わっており、それぞれの指の動きを独立して制御することのできる筋肉なのだ。
つまり、各指の動きの「分離」ができたということは、「この筋肉がある程度育ってきた」ということの目安になるのだろう。
通常生活で、カバンの取っ手や荷物などを、指先にひっかけて持ち上げる際には、おおかたの場合、大きな腱で腕の筋肉につながる第一関節や第二関節さえあれば十分なのかもしれない。
一方で、小さな物や薄い紙をつまむなど、手指の細かい動きや微妙な力加減を求められる仕事には、第三関節が重要な働きをしているのではないだろうか。もちろん、たとえばピアノを弾く時や、パソコンのキーボードを叩く時など。おそらく折り紙なども。
(頭で普通に考えると、「指先」に近いほうが繊細な動きを司っているようにも思えてしまうのだが…。よく観察してみると実際は逆なのだ。)
そういえば、クラシックギターで美しい音を発するためには「右手の脱力が重要」という説もある。
たしかに右手の第三関節を使って弦を弾く意識をもつと、音の強弱の表現の幅が広くなって、演奏が一段と楽しくなる。(その一方で、さらなる表現の難しさや果てしなさも実感するのではあるが…。)
また、アマチュアでもギターの上手い人や、プロのギタリストの演奏を見ていると、左手の小指がとても長く見えることがある。素人目にはびっくりするくらい指が開いて、はるか遠くのフレットを押さえていたりする。
そういう光景を目の当たりにするたびに、ギターを弾きこなすためには、私の指は短か過ぎるのかな…とも思えていたが、左手の第三関節を自在に使えるようになると、じっさい指が長くなったように見えるものなのかも知れない。
ただし、「焦りは禁物」のようだ。
この、虫様筋という「虫のように小さな筋肉」を鍛えるには、安全のためにある程度の長い時間をかける必要があるようだ。(まさにそれこそが、指の分離が不十分な初心者の段階では、第三関節うんぬんの指導をあまり徹底しない理由なのかもしれません。)
手指の筋肉を酷使するロッククライミングやボルダリングなどの分野では、事故により、この「虫様筋」を損傷することが多いという。
だが、逆に考えれば、小さな小さな筋肉だからこそ、時間さえかければ、高齢者にも鍛えることはできるに違いないと、期待もできるのではなかろうか。(また、最初からそう言ってもらえれば、挫折しないでもう少し頑張れた仲間もいたかもしれないと悔やまれもするのだが…。)
中高年ギタリストの皆様、くれぐれも無理しないで、ゆっくり、末長くがんばっていきまっしょい。笑
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