2つの「ロシア版ホームズ」
今を去ること一世紀前の1909年、ロマノフ王朝末期のロシア帝国で珍妙な「二次創作」小説が出版されました。題して『シベリアのシャーロック・ホームズ』。既にその名声を世界に轟かせていた大英帝国の名探偵ホームズが、相棒ワトソンと共にお忍びでロシアを旅行中、人里稀なシベリアで悪人どもを相手に冒険を繰り広げるという、奇想天外な物語です。
時は流れ、専門家以外からは顧みられることもなくなった本作品、本邦では弊社から2016年に全訳が出版されております。現在はこちらからオンデマンドでご注文頂けます。
さて第一の「ロシア版ホームズ」が世に出て間もなく、欧州では世界大戦が勃発、貧富の格差拡大によりロシア国民の不満も爆発、ついにはレーニン率いるボリシェビキが帝政を打倒、ロシアは社会主義国ソ連となりました。
以来60年、紆余曲折を辿ってソ連の市民にもカラーテレビが行き渡った1979年、第二の「ロシア版ホームズ」が登場いたします。レニングラードと改名されたサンクト・ペテルブルグの映画スタジオ「レンフィルム」では、イーゴリ・マスレンニコフなる監督が脚本家たちと共にコナン・ドイルの原作をテレビ放映用劇映画として忠実に映像化、テレビで放映されるやソ連国内に熱烈なファンが生まれました。
ホームズを演じるワシーリー・リヴァーノフ、ワトソン役のヴィターリー・ソローミン他、「ゆるキャラ」的な要素も多分にあるキャスティングとレトロ感あふれる演出により、冷戦のさなかにもかかわらず本場イギリスで評価されたとか。弊社ではDVDのほか、関連書籍『ロシア版ホームズ完全読解』(2012)も出版いたしました。
かくして、19世紀末に誕生した伝説的な探偵とその相棒は、ロンドンからシベリア、レニングラードを巡り、21世紀前半の我が国に到着したのでございます。
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