ベリーダンス オリエンタルダンスの少し昔
考え方は色々なのですが、現在踊られる形式のRaqs al Sharqui(アラビア語で 東方の踊り/ショーアップされたオリエンタルダンスを指すことが多い)は、内包するムーブメントの要素、音楽、リズム等は、それぞれにこの世に存在していたでしょうが、古代/数千年前からあったものそのもの ではないのは、事実だと思います。
元々、世界各地にあった文化、土着の儀式、民族的な音楽や踊りに、徐々に、その時点でこの世に発表されている形式の西洋的なダンス(音楽も)要素を取り入れ、うまく再構成されたものが、今のベリーダンスの元となりました。
さて、今踊られている フォークロリック(フォークロア風)の踊り、衣装、小物等も、各地に、完璧にそのままの形で、昔からあったわけではなく、現代のベリーダンス界での最大の功績者と思われる 故M.レダ氏(1930-2020)たちによって、イマジネーション豊かに、各地元にあったものを再構成し、派手に、わかりやすく、ショーアップされたものがほとんどです。
(元ネタになる地方の人々を、そのままの格好でステージに立たせたとしても、現実的には面白みがなく、見栄えが良くないため、インスパイアされたものに、西洋的なテクニックを加えて振付・演出し、ステージに映える衣装をデザインし、9割は創作した。ということです)
近年になって、ベリーダンサーにも人気のフォークロアジャンルの一つ、ムワシャハット موشحات(いろんな言い方がありますが、アラビックでは、موشح ムワシャハは、スカーフのこと)は、宮廷などに残る絵画と、今に伝わるアンダルシー音楽などからイメージして、M.レダ氏たちが創ったものなので、今のような、あの感じ、調子で、その頃に踊っていたかどうかは、正直、誰も知りません。(絶対違うと思いますが)
系統立ててまとめられた、ステージ向けのフォークロリックダンスには、まだ数十年の歴史しかありませんが、現在世界で活躍中の有名なエジプシャン・ベリーダンサーたちは、ほぼ、このフォークロリックダンスの舞踏団の出身者です。
そして、彼・彼女らが現在踊っているようなベリーダンス/ラクスシャルキ(ショーダンスの)の形式には、まだ100年ほどの歴史しかありません。
元々の踊り… 北アフリカ、エジプト(他 中東など)の、伝統的な、まさに土臭い踊りでは、ナポレオンのエジプト遠征に端を発した空前のエジプトブームに沸くヨーロッパからの観光客にも、ウケは良くなかったのでは、と思われ、ショービジネスの世界では、どんどんアレンジされていったはずです。
しかし今、ベリーダンス を学ぶ人にとっては、先祖帰りのように魅力的に感じる、エジプトの人が持つ、独特のニュアンス。
良いように言うと、これこそバラディ… 生命力… 愛情… スイート… 重い、グラウンディングされたアーシーな表現
あまり良くない言い方では、ダサい… 田舎臭い … 昭和っぽい… ずっと同じことばかりするので飽きる…
そんな踊りを、より華やかに興味深く演出するために、ロシアのバレエ振付師を呼んだり、ラテンダンスのフレイバーを足したり、もう少し後には、アフロキューバン由来のジャズダンス、ブロードウェイやハリウッドのミュージカルや映画の楽曲や、俳優の演技、表情、演出、悩ましいラブアフェア等のエッセンスを加えてできているのが、今の(数十年前からの)、いわゆるベリーダンスの形です。
いわば、これは、フュージョンダンスの成功例。
もちろん、永きに渡って広い世界を支配したオスマンのハレムの件や、世界を渡ったロマ、ジプシーの件 等もありますが、今現在踊られるベリーダンス/ラクスシャルキのスタイルの元は、彼女たち(だけではないけれど)が創り上げた とされています。
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