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父親失格の烙印
寝かしつけが怖い時間になった夜
うちの息子は生後3ヶ月。
普段は、子どもの機嫌が良ければ夫婦一緒に夕食をとるが、ぐずっているときは交代で食べる。
今日は私が先に食べた。
その間、妻の腕の中でウトウトしている息子。
「交代するタイミングでそのまま寝ていてくれたらいいな」と思ったが、私が息子を抱いた瞬間、目を覚ましてしまった。
「どうにか寝かしつけなきゃ」と思い、いつものように試してみる。
普段、この子は私が屈伸運動をすると寝てくれたり、横に揺らすと眠くなることが多い。
でも今日は違った。
10分、15分やっても寝てくれない。
その間に、食事を終えた妻がいつものルーティン通り、お風呂へ向かう。
妻が浴室へ行く前、私と息子の様子を見て、こう言った。
「もっと真剣に寝かしつけて」
この言葉が、私にとって最大に傷つく一言だった。
・真剣じゃない?
・今まで、真剣に息子に向き合っていないと思われていた?
・どうやったら真剣になるの?
頭の中がぐちゃぐちゃになった。
妻は続けた。
「私だったら5分で寝かしつけると決めたら、その5分で真剣に寝かしつけるけど」
そう言い残し、お風呂へ消えていった。
もう、余計にパニックになった。
「寝かしつけなきゃ」という恐怖と涙
「お風呂の時間内に寝かしつけられなかったら、何を言われるのか?」
「どんな罵声を浴びせられるのか?」
「嫌味を言われるのか?」
怖くて怖くて、息子を抱きながら「寝ようね」と声をかけたが、気づけば涙がこぼれていた。
それでも寝ない息子。
「お願いだから寝てくれ」と思いながら、ひたすら揺らし続ける。
この時間、本当に恐怖だった。
生きた心地がしなかった。
お風呂から出てきた妻が、まだ寝ていない息子を見てため息をついた。
「もうミルクの時間だし、いいわ」
その瞬間、私は息子を抱いたままその場にへたり込んだ。
父親失格の烙印を押されたような気がして、胸が締め付けられた。
とにかく苦しくて、こうして今、書き綴っている。
「もっと真剣に」の本当の意味
落ち着いて考えてみると、妻の言葉の裏には、
「なんで寝かしつけに時間がかかるの?」という気持ちがあったのかもしれない。
でも、赤ちゃんは「決めた時間内に寝るもの」ではない。
どんなに真剣にやっても、寝ないときは寝ない。
私もそれを分かっているからこそ、焦らずに寄り添いながら寝かしつけていた。
それなのに、
「もっと真剣にやれ」
「5分で寝かせる気持ちでやれ」
そんなふうに言われると、「自分のやり方を否定された」 ように感じた。
そして何より、「父親としての存在価値を否定された」 ような気がした。
解決策:「父親として向き合っていること」を否定しない
この出来事を振り返りながら、気づいたことがある。
それは、「子どもを寝かしつけられたかどうか」ではなく、「父親として向き合っていること」を大事にするべきだということ。
🔹 赤ちゃんが寝る・寝ないは、その日の機嫌や成長によるもの。
🔹 「決めた時間内に寝かせる」は親の自己満足でしかない。
🔹 私は「真剣にやっている」のだから、それを自分で否定しない。
妻とこのことについて話せるなら、「真剣にやってるつもりだった。でも、『もっと真剣に』と言われて、すごく傷ついた。」と伝えてもいいかもしれない。
でも、無理に話さなくてもいい。
今は、「父親失格ではない」と自分で認めることが、まずは大切なのではないか と思う。
また、「父親としての関わり方には正解はない」 ということも、少しずつ心に留めていきたい。
まとめ:「真剣にやっている」ことを自分で認める
この出来事を通して、私は**「何をしても責められる恐怖」** を感じた。
そして、父親としての自信を失いそうになった。
でも、私はちゃんと向き合っていた。
寝かしつけに時間がかかろうと、子どもに真剣に向き合っていることに変わりはない。
だから、「父親失格ではない」 と、自分で自分を認めることが大切だと思う。
誰かに認められなくても、自分が父親として頑張っていることは、自分が一番よく知っているはず。
これからも、試行錯誤しながら息子と向き合っていこうと思う。
「真剣にやっている」ことを、否定しないために。