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ピート・シェリー/ルイ・シェリー『ever fallen in love -the lost Buzzcocks tapes』全訳(2)

序文 ヘンリー・ロリンズ

 

『エヴァー・フォーリン・イン・ラヴ』には少なくとも二つの特筆すべきことがある。まずルイ・シェリーの画期的なアイデアである。それはピート・シェリーに会話形式のインタヴューを行い、彼の通史といえるほどの重厚な回顧録に仕上げたことである。微に入り細を穿つ、実に読み応えのある物語である。バズコックス・ファンが愛してやまない数々の楽曲にまつわる、ファンなら当然知りたいと思うことにピートが答えてくれるのである。その上ピート自身の驚くべき記憶力を我々は思い知ることになる。何十年も前に起きたことが、あたかも眼前でくりひろげているかのように語られる。数十年間作詞作曲し世界中をツアーして回った歴史。彼はまるで自身の伝記が準備されているのを知っていたかのように語っている。もちろん彼は予見などしてはいない。ピートはたぐいまれな人物である。その鋭い観察眼、天性の作詞作曲能力、そして論より証拠といわんばかりの恐るべき記憶力。たいがいの人が自ら手放した、というより、必然的に保つことのできない記憶力を、である。

 すぐれた伝記に共通していることだが、読者は、その事件が起こるべくして起こるのだという本書の主張を、その豊かな事例でもって読み取ることになる。ピートの巧みな語りは読者に、単にあの時代を知らせるだけにとどまってはいない。当時のイギリスが今といかに異なっているかを知らしめるのである。街の音、倦怠、さびれた建物、グレーター・マンチェスター界隈に展開される都市の苛烈さ、狭い路地に白黒テレビ。それはロンドンとは明らかに異なっている。これら全てがバズコックスの音楽の苗床となったのである。

 本書ではバズコックスのエキサイティングな物語が描かれていく。バンドとその楽曲誕生のいきさつ、目先の名声とカネにまどわされ堕落していく連中をけちらすその激烈なパフォーマンスの形成。バズコックスは明らかに他の有象無象とは違う次元に立っていたのである。彼らは作品創りと演奏に磨きをかけることに専心し、万事に慎ましかった。シェリーとディグルは今世紀になっても片田舎から出てきたウブな子たちにも分け隔てなく接してきた。楽曲が完成していく過程は魅力的である。ピートは効率的にすばやくレコーディングを済ませ、しかもギスギスした態度はとらなかった。結果は見事なものである。ここから先は本書に記されるとおりである。端的に言えば、それが彼らのやりかただったのだ。彼らのライヴ録音ではいかにもありきたりな「1,2,3,4」のカウントが入るが,そこからくり出される楽曲はすさまじいパワーでもって暴走トラックのようにボンクラ共をたたきのめす。あっぱれである。

 「エヴァー・フォーリン・イン・ラヴ」は何の予備知識なしに一気に読み進めることができるだろう。バズコックスの音楽は一生ものだということがわかるだろう。ピートの、モノや人の名前、日付、場所、その他多くの物事を関連付け統一して把握していく能力はすばらしいものだ。あたかもひとつらなりのけむりから数々の歌ができあがっていくようだ。

 当時のバズコックスに比肩しうる者などいない。その一例として1979年10月~11月の数日間、バズコックスはある前座を従えてツアーに出た。その名はジョイ・ディヴィジョン。想像していただきたい。再現不可能であろう。

 バズコックスのユナイテッド・アーティスツ(訳注:以下UAと略)時代は永く記憶されるべきものであり、現代音楽史に残る名曲を送り続けた。バンドと「五人目のバズコックス」マーティン・ラシェントは手をたずさえて他に比肩しえない音楽を生み出した。グラフィック・アーティストのマルコム・ギャレットはメンバーのコスチューム、スリーヴ、広告などでバズコックスの音楽を彩った。洒脱で慎み深く、洗練されたその作品は、見事にバズコックスの音楽を視覚化させた。話が前後するけれども、マルコム・ギャレットの本書でのインタヴューはまことに興味深い。彼はバズコックスの良き理解者であり、レコードに添えられた「視覚」はリスナーにバズコックスの魅力を伝えてくれるのである。これはマルコム・ギャレットの偉大な才能であった。彼はバズコックスを通じて存分に腕を振るい、バズコックスはファンとの間に情報と絆をファンとの間に得たのである。レコード会社との関係もまた然りである。

 ルイ・シェリーがピートと対話するというアイデアを維持していなければ、そしてルイ自身の情熱がなければ、このすばらしき本が世に出ることは決してなかったろう。一流の研究者や伝記作家がそうであるように、彼女は自身のすべきことを十全に理解して著述を進めている。『エヴァー・フォーリン・イン・ラヴ』は単なる伝記ではない。麗しき共同作品なのだ。ルイの問いにピートが当意即妙に答えていくところを読むにつけ、ピートがもはやこの世にいないことに哀切感が沸き起こる。ああ、これ以上のコメントはヤボというものだ。言わずもがなではあるが、ピートの語彙力はすばらしい。その歌に込められた思いは美しい。彼の奥ゆかしい態度とユーモアは本書全編を貫いており、読者に感銘を与えるだろう。

 さて、ファンを代表して言っておくが、バズコックスとマーティン・ハネット、別名マーティン・ゼロとの作品、UA以前の『スパイラル・スクラッチ』やUA末期に再び一緒に取り組んだシングル作品もまたすばらしいものである。バズコックス・ファンであるなら本書はマストである。もしまだお読みでないなら最初の一ページ目で虜になるだろう。さあピート、参りましょうかそろそろ。

 

ヘンリー・ロリンズ