鹿島茂「STAY HOMEのための読書術」スペシャル ~フランスの哲学書で「考える方法」を学べ!~
緊急事態宣言は解除されたものの、まだまだイベント開催は難しかった2020年6月7日。月刊ALL REVIEWSは「STAY HOMEのための読書術」というタイトルで鹿島茂さんの独演会を配信しました。紹介された書籍を中心にその一端をレポートします。
※YouTubeの配信は現在友の会会員限定となっています。
①パスカル『パンセ』
鹿島さんがまず紹介したのは、パスカル(1623~1662)の『パンセ』。鹿島さんには『パンセ』を抜粋した『パンセ抄』という著作もあり。
鹿島さんはまず、自粛生活がいかに人間に向いていないかを説明する『パンセ』の断章を紹介します。
人間は、屋根屋だろうがなんだろうが、あらゆる職業に自然に向いている。向かないのは部屋の中にじっとしていることだけ。
パスカル著、前田陽一・由木康訳(中公文庫)『パンセ』断章138
※以下、鹿島さんは岩波版を引用しているが、本noteでは前田・由木訳を利用
部屋の中にじっとしているというのは人間にもっとも向ていいないことだとパスカルはいいます。つまり、自粛生活は人間がもっとも向いていないことをしているということ。
パスカル曰く、人間には気晴らしが必要。部屋の中に放置された場合とてもつらくなる。なぜつらくなるかというと、放置されるといろいろ考えてしまう。最悪の場合死について考える、そうすると鬱になってしまう。
だからこそ、人間には気晴らしが必要です。この気晴らしは読書などだけではありません。王様が戦争する、人々が仕事にまい進する、これも気晴らしの一つ。人間の本質を一言であらわすのであれば、気晴らしなしではいられない。気晴らしがないと、最後は考える。一番良いのは神のことについて考えることというのがパスカルの意見です。
パスカルはまた、人間は幸福を追求するものだと言ってます。
すべての人は、幸福になることをさがし求めている。それには例外がない。どんな異なった方法を用いようと、みなこの目的に向かっている。ある人たちが戦争に行き、他の人たちが行かないのは、この同じ願いからである。この願いは両者に共通であり、ただ、異なった見方がそれに伴っているのである。意志というものは、この目的に向かってでなければ、どんな小さな歩みでも決してしないのである。これこそすべての人間のすべての行動の動機である。首を吊ろうとしている人たちまでを含めて。 『パンセ』断章425
鹿島さんによるとパスカルほど人間についてペシミスティックな見方をしている人はいない。人間は最悪の生き物。なぜ最悪の生き物かというと、考えるということをしてしまったから。しかし、考えるということをするがゆえに、唯一、人間は動物とは区別がつく。だから本当に人間がなすべきことは、正しく考える方法を得ることである、というのがパスカルの考えです。
②デカルト『方法序説』
しかし考えるということはとても難しい。ではどう考えればよいのか。パスカルと同時代人で、パスカルが勝手にライバルと思ってたデカルト(1596~1650)は「考え方」を示した人です。
しかし、デカルトというのは難しい。鹿島先生も高校生の時、挫折しました。再読するきっかけは、今から20年ほど前に、学生に論文の書き方を指導したこと(ちなみに、この講義は『勝つための論文の書き方』という書籍となっています。)。授業のために色々な本を読み、改めて凄いと思ったのがデカルトの『方法序説』。
鹿島さんは方法序説にあるデカルトの4つの原則をこう解説します
1 すべてを疑おう
2 分けて考えよう
3 単純でわかりやすいものから取り掛かろう
4 可能性をすべて列挙・網羅しよう
1の「すべてを疑おう」と2の「分けて考えよう」を結びつけるとことにより、正しく考えることを導くことができます。従来の「分け方」を疑い、「分け方」を変えてみるといろいろなことが見えてきます。
鹿島さんはここで、男を二つの分類に分ける例を挙げます。あるとき、鹿島さんは子供がおままごとをしている光景を見て考えます。男には「女の子とおままごとを経験した男」と「女の子とおままごとを経験したことのない男」がいる。おままごとをしたことのある男を「おままごとボーイ」と名付けます。
この分け方で、最近の政治家を見ていきましょう。小泉純一郎、彼は、硬派でもあるが、「おままごとボーイ」の感じがする。首相になりうるのは「おままごとボーイ」のほうが有利と考えられます。このように考えると楽しくなります。
もう一つ、分けて考える例を実践してみましょう。「分ける」ための基軸として「時間」と「空間」を考えるのは、いろいろなことを分けるヒントとなります。
例えば、今の日本では当たり前に、大学生が教室にペットボトルを持ち込みます。
この行為を「空間」で考えます。外国に目を向けると、アメリカの大学では間違いなく教室にペットボトルを持ち込んでいます。でも、イスラム教の大学ではどうでしょうか。
次に「時間」で考えます。少し前の時代、鹿島先生の学生時代は、ペットボトルがなかったにせよ、教室で飲み食いするということが考えられませんでした。東大紛争の時代で学生はずいぶんと乱暴でしたが、それでも、教室で飲み食いをするというのは礼儀に反するという前時代の風習が残っていました。
それではなぜ、日本の大学で教室にペットボトルを持ち込むという風習が定着したのでしょうか。ここからが仮説を考える楽しみとなります。鹿島さんは、大学が郊外に進出したことがきっかけではないかといいます。大学が街中からはずれ、すべて大学のキャンパス内でまかなわなければならなくなった。でも大学の食堂の収容人数ではまかないきれない。このため、教室で飲食が行われるようになった。この仮説が正しいかはわかりません。でも、いろいろな物事を考えるヒントにはなります。
このように、「分ける」ということは重要です。「分けて考える」ことにより、人間は差異を認識することができるからです。最近出版された、出口治明さんの『哲学と宗教全史』。この本はゾロアスター教の二元論から始まっています。これは大変正しい。一つだけだと人間は考えが進みません。二つ(例えば二元論)あると考えが進みます。ただし、これは三つめのことがわかるということではありません。何がわからないことであるかがわかるということが重要なのです。
デカルトの4原則というのはとても応用の効くものなのです。そしてこういった考えがフランスの哲学を育てているのです。
③エティエンヌ・ド・ラ・ボエシ『自発的隷従論』
フランスでは16世紀から17世紀にかけてどのように考えるかということの著作が多く出ました
デカルトやパスカルより一時代前の、モンテーニュの友人で夭折したエティエンヌ・ド・ラ・ボエシ(1530~1563)の著書『自発的隷従論』。これは文字通り、人間はなぜ自らを屈服させるような権力者に隷従してしまうのかということに答えようとした本。
どんな時代でも、権力に従いたいという人はいる。ボエシによるとこれは「習慣」のためだといいます。
パスカルは習慣は第二の自然といっています。それでは、なぜ習慣は第二の自然なのか。鹿島さんは習慣を決定づけるのは「家族制度」ではないかと考えます。
例えば、お父さん、お母さんのいうことをきく家族、これは直系家族の思考法なのですが、この直系家族が強い国は、「自発的隷従」が強くなると鹿島さんはいいます。
これに対し、フランスのような核家族の国は親のいうことでも、とりあえず疑う。このデカルト的な考えは案外家族制度が影響しているのではないか。
パスカルによると、私たちは自由に考えようとしていながら、習慣という枠組みの中にあります。習慣の中で考えようとしても枠組みを超えるのは難しい。
枠組みを超えるにはどうしたらよいか。もう一度、「時間」と「空間」で考えてみましょう。「空間」を移動する、すなわち旅行や留学で違うところに行くのは枠組みを変える簡単な方法です。実はコロナはこの「空間」を移動するという自由を奪ったのです。
「時間」枠を超えるには、歴史書を読むのがいい。そして鹿島さんが薦めるのは、地理学の本を読むことです。日本的な考えは、日本が辺境にあるということで規定されています。そのような地理的要因を自覚することが重要です。
しかし、この枠組みというのは強烈です。枠組みというのは強烈過ぎて、人間には自由意思は存在しないといったのが、レヴィ=ストロース、ラカン、フーコーなど構造主義者達です。構造主義者は、人間は自発的には考えていないといいます。
さて、構造主義者は誰に対してアンチを唱えたかというと、サルトルに対してです。サルトルは、どんな時でも自由であると唱えていました。
このように「枠組み」を意識し、その「枠組み」を超えられるのか、超えるにはどうしたらよいのかを考えることも、考える楽しみの一つです。
④ラ・ロシュフーコー『箴言集』
次に考えるための本として、紹介するのはラ・ロシュフーコー(1613~1680)の『箴言集』。これは人間の自己愛、鹿島さん流に言い換えると「ドーダ」について書かれている本。講談社学術文庫版は鹿島さんが解説を書いています。
もう一つ、フランス人の国語の教科書に必ず出てくるラ・フォンテーヌ(1621~1695)の『寓話』。鹿島さんは『寓話』の入門書も書いています。
フランス哲学の基礎をベースにして、考えることをした鹿島さん。”STAY HOME"は苦にならなかったといいます。
ところで、鹿島さんは、考え方のベースになるのは「家族」だと考えてます。鹿島さんには『エマニュエル・トッドで読み解く世界史の深層』という著作があります。この本はトッドの家族人類学入門として最適です。
なお、この講義で取り上げた本の多くは、鹿島さんがこちらの記事でも紹介しています。分断する世界を読み解くにも、フランスの哲学書は有用です。
******************
1時間半の知の講義、でも鹿島さんの話が面白く、話を聞いていることは全く苦になりません。
鹿島さんが紹介した『パンセ』も『箴言』も短文から構成されています。ツイッターやインスタを読むつもりで、本を手にすると案外読めます。自粛生活の中の頭の体操、あなたもやってみませんか。
【この文章を書いた人:くるくる】
【「ALL REVIEWS 友の会」とは】
書評アーカイブサイトALL REVIEWSのファンクラブ。「進みながら強くなる」を合言葉に、右肩下がりの出版業界を「書評を切り口にしてどう盛り上げていけるか」を考えて行動したり(しなかったり)する、ゆるい集まりです。
入会すると、日本を代表する書評家、鹿島茂さんと豊崎由美さんのお二人がパーソナリティーをつとめる、書評YouTube番組を視聴できます。
友の会会員同士の交流は、FacebookグループやSlackで、また、Twitter/noteで、会員有志が読書好きにうれしい情報を日々発信しています。
友の会会員の立案企画として「書評家と行く書店ツアー」も、フランスのコミック<バンド・デシネ>をテーマとしたレアなトークイベントや、関西エリアでの出張イベント等が、続々と実現しています。リアルでの交流スペースの創出や、出版の構想も。
本が読まれない時代を嘆くだけではダメだと思う方、ぜひご参加ください!
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?