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友の会会員が選ぶ「今年の3冊」DAY.2

雪田倫代 選:〈フロンティア〉がつなぐ3冊

私の3冊につながる言葉、それはフロンティア――最先端、地方、辺境――であるということ。近未来SFと、西日本新聞に掲載されたエッセイと、長らく絶版だった島尾ミホの最高傑作の復刊。いずれも今年の上半期に出版されたものだが、実はそれ以外にも共通点があるように思う。

①藤井太洋『東京の子』(株式会社KADOKAWA、2019年2月)

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まず、藤井太洋『東京の子』。舞台は、東京オリンピックから三年後の東、主人公は仮部諌牟(かりべいさむ)(通称カリブ)。偽りの名を名乗って「仕事に来なくなった外国人を連れ戻す仕事」をしている。カリブは「パルクール」というフランス生まれの体術を駆使し、行方不明になった外国人女性を追う――。藤井太洋がつむぐ物語は、どこまでも希望に満ちている。一歩間違えば真っ暗な奈落に落ちてしまいそうな人たちを、すくいあげてくれる。続編が出たらいいな、と思っているのだが、どうだろうか。


②田尻久子『みぎわに立って』(里山社、2019年3月)

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田尻久子『みぎわに立って』は、掌編エッセイが連なっていて、どこからでも読める。そのどのページにも、熊本にある橙書店の店主である田尻さんの、あたたかさが伝わってくる。橙書店は、不思議な本屋だ。去年、熊本に行ったときにも寄った。開店より早く行き過ぎてしまったので、ドアの前にお土産を置いておいた。よく考えたら、あとで手渡ししたらよかったのに。田尻さんは「かさじぞうみたい」と言って笑ってくれた。橙書店では、誰もが物語の中に織り込まれていく。


③島尾ミホ『祭り裏』(幻戯書房、2019年5月)

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『祭り裏』は、島尾ミホが生前に出した短編集が、生誕100年記念企画として復刊されたものだ。旧版にはなかったが、新刊の巻末には石牟礼道子との対談の抄録も載っている。熊本の石牟礼道子と奄美の島尾ミホ。海辺には、物語の語り手が生まれやすいのだろうか。
ミホによる物語には、昔々のおとぎ話のようにも見えるけれども、その文章には今につながる普遍性がある。たとえば、親から継承したスティグマがある(「祭り裏」)のは『東京の子』と同じである。「思い出せること」(『みぎわに立って』)の中では、島尾ミホの「見る力」が指摘されている。

本棚から何気なく選んだ3冊を並べてみたとき、私は「フロンティア」が好きなのだと分かった。「フロンティア」は、私たちのこれから進む先を照らし、振り返れば足あととなって残っていく。
本があれば、来年もしっかりと歩いて行けそうだ。

【記事を書いた人】雪田倫代

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