「勇気」って何なのか
「勇気」って何なのか
願った結果を問う行動履歴。
勇気と呼ぶマスト要件はこれな気がする。
前提条件もある。
願ってなんとかしたい対象があること。
今の自分では願った状態にできるかわからないこと。
リスクが高いことを背負って挑もうとすること。
それに手を挙げられる状態であること。
つまり、やっと巡ってきた成功と失敗が予測しづらいハイリスク・ハイリターンな願いへの挑戦ともいえる。
そして前準備もある。
願った未来に向けて引き寄せるためのできる限りの準備をする。検証もする。
望む結果の場合、願った状態を維持する使命も自分に課す。
望まない結果の場合、修復に努める覚悟も背負っている。
そんなたくさんの前準備も勇気が生み出すことで。
でも、
前準備をせず、勢いで結果を問う行動履歴があれば「勇気」とも呼べてしまう。
反対に前準備をしても、結果を問う行動履歴がないと「勇気」と呼べない。
間違った認識かもしれないけれど、そんな気がしてならない。
ぼくは「勇気」という言葉を大事にしたい。なぜか大事にしたい。
だから、どうでもいいけど、ぼくの中だけのルールで、
この前準備と行動履歴をセットで「勇気」にしようと決めた。
そもそも勇気には、自分の足らずが存在する。
人生経験の少なさ、能力の低さ、手応えの測れなさ。
足りないことを認識せざるを得ない。
別にそのままにしたっていいのに、見て見ぬ振りをできない。
そして残酷にも、前準備と行動履歴を含む「勇気」を出したって、
どうにしかしたくても、どうにかできないこともある。
どうにかできない今の自分をたくさん否定もしてしまうこともある。
誰かを、悩ませて、苦しませてしまうこともある。
自分が自分なことが悔しくてたまらないこともある。
永遠にTo Be Continuedできないこともある。
「勇気」って何なのか。
全部「勇気」がくれること。
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