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初めての挫折
遠くから何か大きな機械のエンジン音がする。
それに金属の擦れる音だろうか。シンバルを叩くような音だ。
潮風が強く、波と波がぶつかる音もして全体的にうるさい。
安全靴を履いた足の裏をベッタリと地面につけて無意識に腹筋に力を入れる。そうしていないと風圧で倒れそうだ。
「腕細いね!1ヶ月でその倍になるよ!」
同じ歳ぐらいだろうか?
綺麗な褐色の肌をした青年が親しげに話しかけてくれた。
俺の腕と自分の腕を並べてニコニコしている。
ヘルメットからチラッと白に近い金髪が見えていて俺からするとただのヤンキーだ。
彼は悪さをするようには見えないが見た目からの偏見だ。
ちなみに俺の肌は恐ろしいほど白いらしい。高校を卒業してからそういえば太陽とは無縁だった。
というかあっちが俺の起きる時には眠ってしまうし、俺が眠るときには勝手に目覚めてどうやら元気にやっているらしい。
今、東からこちらを見ているが挨拶をする気分ではない。
話を戻すが、つまり青年からすれば俺は陰気なオタクといったところか。
他に30代前半の筋肉質な男3人と、細身の50歳くらいのおじさんが1人。
チーム編成は俺を含んで6人らしい。
おじさんは周りの人に被っているヘルメットを無意味に叩かれている。叩く力が相当強いのか首をまっすぐにできない。
顔は笑っているがおじさんはなんとなく嫌そうに見えた。
イジメってこんなだったなと思い出した。
幼少期に俺はイジメを傍観しているタイプだった。
怖気付いたというより、助けるという発想がなかった。
虐める理由も理解できないが虐められる方も変な奴が多い。
もっと上手くやれば良いのに。
これから「玉掛け」という仕事をする。
そのフレーズは正直いって下ネタしか連想できないが眠くて閉じそうな瞼を無理やり開きながらおじさんの指示を聞く。
「これ持てる?」
「はい!」
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公園などにあるU字のポールを地面からぶち抜いたような馬鹿デカいシャックルだ。太くて表面がツルツルして持ちにくい。なんとか持ち上がったかと思ったら足の甲に落としそうな恐怖心で腰が引けて力が入らない。
俺は強がって平気な顔をするが「余裕ありません」と顔に書いてあったようだ。
「なんとか持てそうやな。それが持てないと話にならん。」
シャックルは大きいものから手のひらサイズのものもあったが、大きいものだけ使った形跡がある。
「怪我すんな。」
「はい!頑張ります!」
「行くでえ。」
「はい!」
幼稚園児が遠足で京都の街並みでも歩くようなスピードでみんながどこかに向かう。
如何なる時も早歩きの俺からしたらスローモーションで気持ち悪いがチームを抜いてしまってもどこに行くのか分からないので後ろから全員の歩き方の癖を見ながらついていく。
あまりに遅いので海に浮いている船と港の間を覗いてみると、俺の腕ぐらいの魚が沢山泳いでいる。
これは落ちたら食われると思った。
先頭のおじさんが立ち止まり無線で何か話している。
どうやら現場に着いたらしい。おじさんは指示係だから細身なのかとここで気づく。そういえばマネージャーも細かった。
みんなは近くの鉄片に座ったり、タバコを吸い始めたりしている。
衝撃だった。
仕事中にこんなことが常態化しているのか。
居酒屋で仕事をさぼるやつを見ていたので死ぬ程驚いたわけではないが、堂々とほぼ全員がさぼっているとむしろ俺の方が変なやつだ。
この瞬間だけは少しだけ心地よく感じた。
しばらく待っているとクレーンが動き出し、竿部分がゆっくりとこちらに向かっている。気がする。デカ過ぎてあんまりわからない。
クレーンの高さは50メートルくらいだろうか。
竿の先端からは30メートルくらいのワイヤーが垂れ下がっている。
よく見るとそのワイヤーの先端にさっきのデカイシャックルがついているではないか。
読めた。あれで部品を引っ掛けて運ぶのか。
つまり俺たちはクレーンから垂れ下がったシャックルをあらゆる部品に引っ掛けては外すを繰り返すってわけだ。
そりゃ1ヵ月もすれば今の腕より「倍」どころか張り裂けてしまうだろう。
シャックルは体感だが20kgはあった。
作業はやり出してみると正直いって簡単だった。
おそらくこれはクレーン操縦の方が骨が折れるだろう。
実際に操縦していないのでわからないが、まず操縦している場所からシャックルまでの距離はそれこそ50メートル近くある。操縦士にとってこのデカイシャックルや俺たち、人までがミジンコのように小さく見えているはずだ。いや、ネズミくらいか。
どちらにせよ針の穴に糸を通すような作業だろう。後に聞いたが給料もよく、みんな操縦士になりたいらしい。もちろん運転免許が必須だ。
とりあえず一つ目の作業が完了し、部品がクレーンによって運ばれているのを見上げながら今度は部品を降ろす先でシャックルを外さなければならないのでそれを追いかける。別に早くはないがさっきの「遠足」よりはずっと早いしゴールがわかっているので動きやすい。
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「下は歩くなよ。」
「はい!やっぱり危ないんですか?」
「ワイヤーが切れて部品の下敷きになったやつがおる。」
「即死や。見せてくれんかったけど形も残ってなかったらしいわ。」
「うええ、マジすか。」
映画でそんなシーンを見たことがある。まさか現実でそんなことあるのか。
俺は絶対に下を歩かないと誓った。
これから自由になるってのに死んでたまるか。
それより10トンの鉄板が足に落ちてきて片足の指をすべて失って退職した人の話が生々しくて震えた。即死の話も真実かどうかは知らないが仮に嘘だとしたら事故防止には十分な脅しだ。
筋肉痛になっているのか実感がないまま、あっという間に昼飯の時間が来ていた。
休憩室にいくと文字通りむさくるしい男たちが部屋パンパンに詰まっていて酸化した油の臭いと汗の臭いが混ざって激臭になっている。
無意識に呼吸をせずに俺は母の弁当を地べたのカバンから取り出してすぐに部屋から出た。どうやらほとんどの人が会社から出る「クソまずい」らしい弁当を食べていたようだ。
なんというか、誠に失礼だがその光景は餌を食べている家畜そのものだった。
誰の目にも光はない。自分の知る人間の目ではない。
生気がないってこういう状態をいうんだ。これも勉強になったと思うことにした。
自分もこうなってしまうという恐怖心は不思議と全くなかった。
休憩室からは少し歩くが、休憩時間を減らしてでも自分の車で弁当を食べる。
他にも車で休憩している人がいたので、俺は小さな音でスピッツの青い車を聴いた。
午後も特に問題なく玉掛け作業の繰り返しで初勤務は完了した。
現在17時12分。
居酒屋出勤は18時30分からになっているので疲労を感じる暇もなくチームのみんなに挨拶をして店に向かう。
すぐに察したが他の人は残業があるらしく、俺が帰るとわかった瞬間に目つきが変わったが見なかったことにした。
この後も働くのは俺の勝手だが周りからすればただの身勝手にすぎない。ダブルワークの面倒な点だと知る。
どちらにも迷惑をかけてはならないようだ。
後に、別の問題が発生する。
「恐ろしく白い肌」の人間が一日中日差しを浴びるとどうなるか。
それは居酒屋で焼き鳥を焼き始めて気づく。
熱いなんてもんじゃない。顔中に激痛が走る。見た目ではわからないが串と一緒に自分も焼いている気分だ。肉汁ではなく冷や汗が顎に溜まる。
しばらくすると俺の鼻から下が真っ赤になっていると周りに言われる。造船の作業中はヘルメットを被っているので鼻から上は影になっている。かなり間抜けな日焼けをした。どうせなら綺麗に焼けてくれと思ったが頭がぼんやりして深く考えられない。
あれ、今何してるんだっけ?
腕と太ももの裏がじんわりと痛い。
反射神経だけで身体を動かしている。
多分今は皿を洗っている。気がする。
いつも居酒屋の仕事は楽しくて、体感だと一瞬で終わってしまうがこの日は信じられないほど長く感じた。
帰って寝られるのはまた1時間程度だ。
それに早い段階で気がつく。
俺の目から少しだけ光が消えた。
まだ気がついてない。
次回「強制シャットダウン」
「お前、目が死んじゅうがや。」
「違う、腫れてんの。」
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