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デカダン・サンデー
口内炎ができた。原因は明確で、退廃的イメージに酔いしれた休日を送ったせい。
最近は暑さが過ぎるので決してお出かけ日和とは言い切れないが、その日は行楽に出かけたい気分になるような、よく晴れた日曜日だった。
始まりはフライデー
金曜日。駅前の八百屋で気になっていたイチジクが安くなっていた。
ずっと狙っていた私は迷わずそれを購入し、家で半分に切って食べたのだが、ちょっとグロテスクなそのイチジクの断面を見て、バイオハザードを思い出したのだった。
あの有名なカプコンのサバイバルホラーゲーム。
私はホラーというジャンル全般が苦手で、映画などもほとんど観ない。だが、昔バイオハザード2がとても流行っていたとき怖いもの見たさでプレイした経験があった。
折しも、プレイステーションストアではバイオハザード(RE:3)がお得なセールで997円。3桁!
たとえつまらなくても惜しくないということで、ちょっとした懐かしさもあり私たちはそれを購入してみる事にした。
さっそくダウンロードしゲームを開始した。しかし私は開始5分、ゾンビが出る前に雰囲気のみでギブアップ。
そのためプレイは人任せにして安心な立ち位置からゲーム鑑賞することになった。
ちなみに、人がプレイするのを見ていると、"違うよ、ちゃんと頭を撃てよ!" なんて言いたくもなるのだが、じゃあお前がやってみろと言われたら地獄なので絶対に言わない。
この日のゲームは、まだ全てダウンロードが完了していなかったため序盤のみで終了となった。ほんの肩慣らしだ。
私はリビングのテレビ画面に向かい、コントローラーを強く握りしめてゲームに集中しておりました。
するとリビングの扉が急にガチャリと開いたのです。全神経を集中して画面に見入っていた私はその音に驚き飛び上がりました。
「んっふっふ。お久しぶりです」
サッカーの試合なんかで見るような、レフェリーの格好をした男が土足で部屋に入ってきました。
「ちょっと驚かさないでくださいよ、ゾンビが入って来たのかと思ったじゃないか」
早鐘のように打つ心臓をおさえポーズボタンでゲームを中断した私は、コントローラーをテーブルに置いてそのレフェリー風の男を観察しました。
何より土足なのが気になりましたが、それ以外には小脇に小型のスコアボードを幾つか抱えているのが見えました。あの暖簾みたいに数字の書いた分厚い布が何枚もぶら下がっているあれです。
この男は部屋に入るなり久しぶりと確かに言いました、これまで面識があったでしょうか。そう言えば、昔もこんな事があったような。。。
そして思い出したのです。かつて手に汗握りながらバイオハザード2をやっていた私の元に、この男が現れたことを。
休憩サタデー
土曜日はプレイヤーが魚釣りに海へ出掛けてしまった。そのため、しぶしぶ1人でバイオハザードRE:3にチャレンジしてみることにした。
釣り(壁外調査)のお話↓
前日にスタンダードモードで途中まで進むのを見ていたので、アシステッドモード(いわゆるイージーモード)で同じ所まで進むことを目標とした。
しかし、全て予習済みのうえ難易度が下がってもなお序盤で詰んだ。もっとやりたい、けどやりたくない。
「思い出して貰えて光栄です!いやー懐かしいなぁ」
レフェリー風の男は喋りながら、図々しくもソファに座っている私の隣に腰掛けました。
人々のゲーム記録をするのがこの男の仕事でした。
「このゲームは隠し要素、タイムトライアル、ナイフ一本、セーブ無しなどやり込み要素が満載ですからね。
当時バイオハザード2で、あなたはセーブ回数の多さにおいて世界最高レベルを記録しましたよ!攻略本参照ポイントも非常に高かったです」
まったく不名誉なことです。
確かに私はスリルを楽しむべきゲームを、攻略本を隅から隅まで予習してどこに何が出るのか、敵の弱点はどこか、どの武器が有効か、全て把握して臨んでいました。セーブにセーブを重ね、もちろんイージーモードで。
攻略本をそのままなぞる、目的のよく分からない遊びでした。しかし、いつしかこの遊びにハマった当時の私は、そこからホラーゲーム全盛期に突入したのです。
ゾンビに追われていた私は、その後シザーマンに追われ、ナタを持った般若男に追われ、赤い海に囲まれたサイレンの鳴り響く村で屍に追われました。
この男はそのたびに現れて、私の腰抜け度を記録していったのです。
未来の私が再びゾンビに追われる日が来るなんて、このときは思いもよりませんでしたが。
退廃サンデー
そうして、行楽日和の日曜日を迎えた。
最近、区のジムに通っている私たちは、午後はジムに行こうと話していた。ジムで運動し、帰りにスーパーに寄って夕食の材料を買う。料理する。早めに寝る。
しかし、ちょっとバイオハザードやるか、とコントローラーを手に取った私たちは、昼過ぎになってもまだなおゾンビを撃ちまくっていた。ホラーゲーム全盛期の私が蘇った。もう、辞めることはできない。
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「いっそのこと、今日はそういう日にする?」
どちらからともなく言い出した。ダラダラとゲームをする日。ダイエットで言えばチートデー。たまにはそんな日もあっていい。なし崩し的に頓挫したのではなく、あくまで計画的なデカダンス。
そういう日… そうと決まればより退廃的な雰囲気を出していきたいところだ。
そこで、健康的なお料理ではなくバーガーかピザが必要だという事になった。飲み物は、コカ・コーラ一択。
ジムやスーパーへ行くことは出来ないのに、なぜか退廃的な雰囲気を出すことに高いモチベーションが湧き上がった私たちは、出来るだけジャンクなピザをネット注文し休憩がてらお店まで取りに行くことにした。
ついでに途中のコンビニで、コカ・コーラの"ゼロじゃないほう"を購入。ここにきて健康を意識したチョイスではいけない。弱気になるな、当たり前だ。
「自分がやらないで人がプレイするのを見てるだけなんて、本当はイエローカードですけどねえ。…ムシャムシャ…でも最速ギブアップポイントは非常に高いですよ!まさかゾンビが出る前なんて」
男は照り焼きチキンとマヨネーズがたっぷり載ったピザを頬張りながら、油だらけの手でスコアボードの数字をパラパラとめくっていきます。あなたのホラーゲームのプレイスタイルは相変わらずですねえ。
腹が立ってきた私は男に向かって言ったのです。
「いつまで仕事してるんですか。今日は"そういう日"だって私たちが決めたのだから、点数を数えるのはもうおよしなさい」
この男、ソファに座り込んで、勝手にピザを食べて。そもそも靴を脱げ。
私は男に向かってレッドカードを突きつけ、ついにリビングから退場させる事に成功したのです!
追い出しておいて、ちょっぴり寂しい気持ちになりました。私の腰抜けゲーム記録もこれ以上スコアを伸ばすことはないのでしょう。
私たちは、結局22時頃までゾンビを撃ちまくった。ピザを食べまくり、コーラを飲みまくってやった。
とことんやった。クリアまでは行かなかったが、満足していた。
そういう日だから。
※このお話はファンタジィ日記部分のみフィクションとなっております