【共同マガジン・連載・民俗学お遊び系恋愛小説】神様ご光臨 第十話 禁断の開示
前話
「ゆいる!」
「ゆいるちゃん!!」
しのぶ子と丈がゆいるの後を追いかけていく。
「放っておいて!!」
ゆいるは怒鳴って振り切ろうとした。その前に丈が回り込んだ。
ぱちん。
乾いた音が響いた。
「柳・・・」
しのぶ子が絶句する。つねにのび~とした彼がそのような行動に出るとはしのぶ子は一回も思い描いたことはなかったからだ。
「ゆいる!」
丈のしっかりした声がゆいるをはっ、とさせた。
「僕たちを信じてここに戻ってきたんだよね? ゆいる。君は一人じゃない。間違っても不用品でもない。みんな、ゆいるの味方なんだよ」
深く静かな丈の言葉がゆいるの中に落ちていく。
「み・・・かた?」
ぼんやりとしたゆいるの瞳の力が戻ってくる。
「そうだよ。みんな、ゆいるが好きで戻ってきてくれたこと喜んでいるんだよ。みんな、ゆいるのこと大好きなんだよ」
負けじとしのぶ子も必死でいう。
と同時にぱんぱんぱんと拍手が送られた。
「こ・・・子松先生」
ゆいるの小さな声に丈もしのぶ子もはっと振り向く。もっともこんな派手な拍手をする人間は子松しかいないとしのぶ子は推測していたが。振り向いたそこには全身アルマーニに包まれた子松がいた。表向き用だ。しのぶ子は耐性ができているため惚れた男の一張羅でもぽーっ、となることはなかった。子松は少々残念そうではあるが。それは日ごろからしのぶ子をからかっていた罰のようなものだ。
「さぁ。生徒は戻った戻った」
にっこりと笑って子松はゆいるたちを先導する。しのぶ子だけ一瞬ぶるっ、と肩を抱いた。あれは悪魔のほほえみ。何をたくらんでいるのだろう。
「しのぶ子君?」
ちらっと後ろを振り向いてしのぶ子を見る。
「いいえ。なんでもありませ~ん」
逆上していたゆいるも丈の態度で何か落ちたかのように静かになっていた。そのままてくてくついていく。ただ少しこの先に何が待ち受けているのか怖くて指先が震えていた。その手を丈がそっと握る。
「丈君」
「大丈夫だよ。ゆいる。痛くなかった?」
そっと先ほど叩いたほほのことを聞く。
「うん。ありがと」
「こら。不純異性交際禁止」
背中に目でもついているのか子松が指摘する。律義にもゆいると丈は小さく答えて手を離した。もうゆいるの手は震えていなかった。
「将来のために今は手を離しておくほうがいいよね」
しのぶ子がにんまりとしていう。
「しょ・・・っ」
「しょうらい・・・」
純粋な二人には想定外の言葉だ。さすがは子松と思い合っているしのぶ子だ。つぼを押さえているらしい。
そんな純粋なじゃれあいの中に子松の心は別のところにあった。この子たちならやりとげるかもしれない。あの戦いに終止符を打つことを。
足早に四人は部室に入った。そこには当たり前のようにゆいるの両親としのぶ子の両親が揃っていた。役者はそろったというところだろうか。
自分の両親を見るや否やゆいるは動揺して丈の背中に隠れてしまう。あったはずの自信が崩れれていく。
丈はそんなゆいるの手にぽんぽんと温かくたたくとゆいるの両親のほうに向きなおった。
「すみません。白鳥さんのお父さん、おかあさん。僕たち、文芸部のみんなはゆいるちゃんが好きで離れたくないんです。ゆいるちゃんもおなじです。そして僕たちにはやるべきことがひとつあるんです。今は言えませんがどうしてもやるべきことが」
丈のひたむきな瞳と言葉にゆいるの両親はたじろいだ。
父親がまず冷静さを取り戻してゆいるを見る。
「ゆいる。何があるんだ。危ないことはパパは許さないよ」
いつもはマイホームパパでにこにこの父親も何事か感じ取ってゆいるに迫る。
「ゆいるちゃんを責めないでください。たまたまこうなったんです」
丈がかばうが追及の手は収まらない。
「ゆいる。パパやママにかくして何か危ないことをするの?」
ゆいるの母親が心配げに尋ねる。ゆいるはその追求から逃げるように丈の背中に顔を伏せる。
どうしたらいいのかわからぬまま、ゆいるはただ顔を伏せて嵐が過ぎるのを待つしかなかった。だが、そこで子松がゆいるの背中をたたいた。
「われわれは君を助けるが、まずは目をそらすことをやめなさい。君ならできる。すべてを話すのはいまでなくていい。だが、君自身が逃げていては何も始まらない」
子松の珍しく真摯な声にゆいるは顔をゆっくりと上げた。そばにはしのぶ子がいる。子松がいる。田中も松島も関口も。見渡せば、ゆいるの大事な人たちが、ゆいるを温かく見ていた。
だいじょうぶ。大丈夫。
ゆいるはそんな言葉を頭で繰り返して一息吸った。それからゆいるは両親に向きなおった。
「パパ、ママごめんなさい。今はすべてを話せないの。でもゆいるはちゃんとパパとママのもとに帰ってくるよ。時間をください!」
ゆいるは両親に思いっきり頭を下げた。ゆいるの両親はとまどう。
「パパ、ママお願い。ゆいるのわがまま許して」
わがままと自覚している。ゆいるは大人に成長する階段を昇り始めていた。危ないことから全力で守る必要はないのだ。
わかった、とゆいるの父親が深い溜息とともにうなずいた。
教室が一斉に声でわいた。
だたし、と父親は付け加える。
「命にかかわることがあるならパパはどんな手を使ってもゆいるを家に連れ帰るよ」
はい、とゆいるはうなずく。心でごめんなさいと告げながら。おそらくこれからの戦いはゆいるの父親もゆいる自身もわからないのだから。
「ありがとうございます。白鳥君のことはまかせてください。折口さんのご家庭なら安心ですから」
「すみまません。娘をよろしくお願いします」
ゆいるの母親がしのぶ子の両親へ頭を下げる。
「いえいえ。こちらこそ。何もできない家ですけどお嬢さんを大切に預からせていただきます」
両家の中で無言の了承を行っている様をみて丈はゆいるによかったね、とつぶやく。
うん、とゆいるは涙目でうなずく。
「さぁ。不良学生は帰った帰った」
子松が満足そうにぱんぱんと手をたたく。
「先生。この事態で不良も何もないでは」
優等生松島が口答えをめずらしくする。
「おっと。君に不良はにあわなかったね。すまない」
では、と子松は言いかえる。
「わが優秀な文芸部のみんなはそろそろ帰る時刻だ。気をつけて帰るように」
はーいと部員は楽しそうに答えて帰り支度を始めた。
「ゆいる。一緒に帰ろ」
しのぶ子がゆいるのそでをひっぱる。
「うん」
「途中まで送って行くよ」
丈が二人にこえをかけるがぎろっとしのぶ子がにらむ。
「柳は邪魔」
「ええ~。しのぶ子ちゃん」
「子をつけるなというに」
「まぁまぁ。二人とも」
丈としのぶ子とゆいるじゃれあいを見て両家の親は安堵していた。どんな危険が待っているかと思うと親としてはつらかったがこの調子なら杞憂に終わるかも知れない。小さな希望を両家の親は思ったものだった。
転校した途端に戻ってきたゆいるに関係者以外は驚いたがやさしい心の根のゆいるであるのであっという間に元のさやにおさまった。
そのまま平和に行くと思いきやそうは問屋がおろさなかった。
今度は禁断の書をもつゆいるに依童特訓が始まった。
「たま。メタモルフォーゼ!!」
ぽん。
また三味線に代わる。
「もう一度」
「メタルモルフォーゼ!!」
三味線。
たまと依童すること数十回ことごとく三味線に代わる。
「たまぁ~」
ゆいるは半泣き状態だ。
「ゆいる少し休憩しようか」
丈が助け船を出そうとするが子松が邪魔に入る」
「まだまだ燃え尽きていない」
「燃え尽きする必要なんてないーつの」
しのぶ子のちゃちゃが入る。
ばしっと突っ込みのパンチまで。
「先生もしのぶ子もあそばないでください。ゆいる。ちょっと休憩しましょう」
松島がゆいるの手を取って依童室から出ていく。
「ゆいる」
あとから丈がついていく。
「大丈夫?」
文芸部の本拠地図書室にゆいるは座されていた。
「大丈夫? ゆいる」
松島がたずねる。
「先輩~」
ゆいるは半泣き状態である。
「疲れたでしょ」
「はい」
「柳田君。三人分のジュース買ってきて」
「はい」
丈は松島から小銭を受け取ると外へ出て行った。
「ゆいる。あまり気負わなくてもいいのよ。すべてを背負わなくても私たちがいることを思いだして」
松島のやさしい声にゆいるはいつしか泣いていた。ぽろぽろ涙を流す。
グリフォンで戦うと決めたものの何と戦うのか。そもそもグリフォンを出せるのかゆいるの心は不安でいっぱいだった。
「みんなゆいるの味方よ。しんどかったらしんどいと言っていいのよ」
「先輩」
「あなたの重荷を私たちにも分けてちょうだい」
そういってゆいるの涙をぬぐう。
タイミング良く丈が入ってくる。
「オレンジジュースでよかったですか?」
「ほら。ゆいる」
「冷たい」
冷たい缶をゆいるのほほにぴたっとつける。
「松島先輩も」
「ありがとう」
三人はしずかにジュースを飲む。
そうして静かな時間を持つ。いつしかゆいるの心は凪いでいた。
「あー。ゆいるみーっけ」
とことこと走ってくるとがばっと背中にはりつく。
「ずるい~。ゆいるたちだけジュースなんて」
「しのぶ子デリカシー持ってないの?」
松島がつっこむとしのぶ子はいきなり手を出した。
「ジュース代ください」
ぱこ。
「いたーい。子松」
「たかるなたかるな」
「ああ。もう。静かにしてください。ゆいるは疲れているんです。お金あげるかからしのぶ子買ってきなさい」
ちゃりちゃり~んと小銭をしのぶ子の手に落とす。
「俺の分も買ってこいよ!」
すっとんで文芸部を出ていくしのぶ子の背中に子松が声をかける。
「先生の分はありませんよ」
「おい」
松島は知らぬままだ。
「今日はこれで散会しませんか? ゆいるも疲れて果てていますし」
「そうだな。今日はこの辺で・・・」
「はい・・・」
「大丈夫だ。明日も明後日もある」
がくっとゆいるは首をたれる。
「先生!」
するどい松島の視線に子松はうっとつまる。
「しばらくゆっくりしましょう。私たちもレベルアップしないといけないのですから」
「そうだな」
「私たちは帰ります。しのぶ子とよろしく」
松島が立ち上がる。しっかりと丈がゆいるたちのかばんを持ってきていた。根回ししていたらしい。
これから新しい戦いの日々が始まるのだ。松島は心の中の憂鬱を隠しながらゆいるの肩をぽんとたたいた。
あとがき
トラが勝ったーというのは後回しにして、このお話も終盤に向かってます。そして逸脱していきます。民俗学がはて? という。その辺をお楽しみください。基本は依童ですが、最後でたかどうかは記憶にないです。最後は趣味にぶっ走ります( ̄∇ ̄)。
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