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【千字掌編】後編 土曜夜の出会いは花に誓って……。(土曜の夜には……。#29)


 前話

 翌日二日酔いで頭がガンガンする中、チラシの手紙には公園に来てほしいと書いてあった。時刻はもうギリギリだった。
「ちょっと。公園に? 何しに行くの?」
 それでもなんだか気持ちが高揚してくる。花は初めて男性のために着る服を選んだ。薄化粧して髪をととのえてでかける。外は桜満開だった。「花」とは歳時記によれば「ソメイヨシノ」を指すという。山桜でもなく、八重桜でもなく、他のきれいな品種でもない。なにやら昔はソメイヨシノが多かったらしく、春の花と言えばソメイヨシノだったらしい。昨今はその定義も薄れてきていると書いてあったのをうっすらと覚えている。花は国文学科卒だった。こんな知識があってもなにも役に立たない。なかば自分の名前の単純さを恨めしく思いながら待ち合わせに行く。
 昨日、絡んだ男性がいた。
 なんと言ったかしら。名前が思い出せない。
「浩一です。杜浩一。澄川大に務めています。花さんは?」
「え。澄川商事の事務です。それが何か?」
「いえ、これでお互いの素性がわかったところで、あの桜の、花と昔は呼んだそうですが、あの花に向かって昨日できないと言ったことを一緒にすると誓えますか? さすがに子供は無理でしょうが」
「ち、誓う? 私、昨日、何を?」
「覚えていないんですか? 女の幸せ全部ないと嘆いていましたよ。あとは一人きりと。私も一人きりですから、これで一緒になれば二人になれます。どうです? 絡んだ縁で結婚しませんか?」
 花は思わずはぁ? と盛大に言ってしまった。言ってから口を押さえる。
「好みでないならいいんですが。とにかく家庭がほしそうだったので。私もほしいので」
 浩一は去りかけた。その袖を花は思わずつかんで待って、と言っていた。言ってから固まった。
「わ、わたし……?? 一目惚れしたの??」
「みたいですねぇ。マスターがいつもなら静かに飲んでいる方と聞いてますから」
「あ、あなたは?」
 花の瞳は動揺してゆらゆらしていた。
「私も、です。絡まれて嫌な気がしないというのはそういうことなんでしょう」
「しょうって」
「どうです? 花さんがあの花に、桜に向かって誓えるなら私も誓います。けっして不幸にはしないと。一人きりにさせません」
 浩一は冷静だったが、花は明らかに動揺して意思決定ができなかった。
「まぁ。女性にゼロ日婚をいうのは酷ですからね。お付き合いをしましょうか。手始めにケーキ買いに行きますよ」
 誓う間もなく花は手を引かれて公園を出る。駐車場には普通の家庭の車が止まっていた。
「大学にお勤めならもっと高い車に乗っていると思ってました」
 きれいにととのった車体を撫でながら花は言う。
「中流家庭向きの車がすきなんですよ。私のお金は発掘に回ってましたから。これからは花さんが中心です」
「は、発掘ってあの、かの有名な杜浩一……先生?」
「はい。それがどうか?」
「いいんですか? 私で」
「いいんです。花さんで」
「もう一回公園に戻りましょう。私まだ誓ってません」
 浩一の手を取ると花はぐいぐいとどこにそんな力が、というほどの力で公園に戻る。花はあの桜の大樹があるところまで行くとまっすぐ浩一を見た。そして口を開いた。

 恋が始まる。
 花と浩一にどんな幸せがやってくるだろうか。

 それは別の物語である。


【あとがき】
 ということでこの続きが「澄川市物語」はじめになります。この土曜の夜にも……。もあと一話で30。春に始まり春に終わるということで、土曜の夜シリーズも終わろうと思います。ラストをどんな季語にするかまだ考えていません。第一話の回収かもしれませんし。この中で生まれた店が次のシリーズの店にもなります。よろしかったらまた読んでください。ここまで読んでくださってありがとうございました。この後にエッセイの勉強中はつけません。別のところで書きますのでお待ちください。

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