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【大人も楽しめる童話】眠りの国の落とし穴

「今日生まれたばかりのみなさん,こんばんは。
 ではみなさんに,これから眠りの世界を案内しますね」
集まったたくさんの赤ちゃんたちの前で,ガイドさんが言いました。
毎日夜の九時になると,その日に生まれた赤ちゃんたちを集めて、
眠りの国を案内するツアーが行われているのです。

ムーも,今夜ツアーに参加した赤ちゃんの一人でした。
まわりの子たちと同じように,胸をおどらせています。
ムーはまわりをみまわして,
「ボクと同じ日に生まれた子は,
こんなにたくさんいるんだなぁ…」
と考えていました。

「さあ,みなさん,目を閉じましょう。
 まずは眠りの国に向かいますよ。
 だんだん真っ暗になってきましたね。
 眠りの国へ続く道には、
 いくつかの落とし穴があるので,みんな気をつけてね。
 心配ごとがある人ほど穴に落ちやすいんですよ。
 今日生まれたばかりのみんなには,まだ悩みはないでしょう。
 でも大人になるほど,たくさん心配ごとがでてくると思うので,
 その時は落とし穴のことを思い出して,気をつけてね。
 落とし穴に落ちると,せっかく眠りかけていたのに,
 目がさめてしまうんです。
 これは,現実の世界と眠りの世界をつなぐ道なんですよ」
赤ちゃんたちは落とし穴に落ちないように,
注意深くハイハイで進んで行きました。

「はい,みなさんちゃんとついて来ているかな? 
 私たちは今,眠りの国の門をくぐりましたよ。
 全員眠りの国に入れました。
 白いきりがかかっているでしょう。
 ここからは手さぐりで行かないといけませんよ。
 では,はぐれないように,まっすぐ進んで来てね」
ムーはガイドさんの声がする方に,進んで行きました。
白いきりの中にいるので何も見えません。
ムーは少し怖くなってきました。

「みなさん,きりがうすくなってきましたね。
  白いさくが見えるかな?
 さくの中に入ると夢の国です。
  もう少しなのでみんながんばってね」
ガイドさんが言った通り,きりが晴れてきて,
白いさくが見えました。
『ようこそ夢の国へ』という看板も見えます。
「夢の国に入ると,心の底で考えている,
 本人も気づいていないことが,たくさん見えてきます。
 ここでは不思議なこともおこります。
 時には怖いこともあるけれど,ふつうはとても楽しいところです。
 ではあの扉をぬけて,みんな夢の国に入りましょうね」
ガイドさんについて,たくさんの赤ちゃんたちが、
ハイハイで夢の国に入って行きました。

「ここからは自由行動にしますよ。
 朝の七時に,この扉まで戻って来てね。
 ひとつだけ注意をしますよ。
 夢の国にも,いくつかの落とし穴があります。
 これは現実の世界に,一瞬のうちに戻れる抜け道なので、
 怖い思いをしてこれ以上がまんできないと思ったら、
 思い切って穴に飛び込んでね。
 怖い夢からさめますよ。
 目がさめたら,またここに戻って来てください。
 もう道はわかるよね。
 ではみなさん、夢の国を楽しんでね。
 解散です」
ガイドさんは、そう言い残すと行ってしまいました。

ムーは,夢の国でママの腕から抜け出して、
一人で歩きまわっていました。
「自分で歩けるって,なんて自由で楽しいんだろう!」
ムーは夢中で走りまわり,スキップをしました。
でもしばらくすると,急に寒くなりました。
まわりを見まわすと,あたり一面真っ白です。
氷の世界に入り込んでしまったようでした。
地面も氷でできていて,足が氷にくっつき,
ひっぱっても取れません。

「よいしょっと」
ようやく氷から足がはなれると,
今度は氷の地面がかたむいてきて,
ムーはすべり始めました。
だんだんスピードが速くなり,
ムーは大きな氷のすべり台の上を,
どんどんすべり落ちて行きます。
「うわーっ,誰か,とめてー」
ムーは怖くてたまらなくなり,大声でさけびました。
「あっ,そうだ。ガイドさんが,怖い時は穴に飛び込めって言ってたっけ」
ムーはすべり落ちながら,目をこらして穴をさがしました。
すると黒い穴が見えてきました。
「あれだ,飛び込もう!」
ムーは真っ暗な穴に飛び込みました。

すると病院のベッドで目がさめました。
「ガイドさんが言っていたことは本当だ!」
ムーのベッドがある新生児室には、
けい光灯のうす暗い電気だけがついていて、
となりのベッドでねている子の顔が見えました。
「あ,この子,さっき眠りの国ツアーに参加してた子だな。
 この子も今日生まれたんだ。
 あっ,そうだ。早く夢の国に戻らなきゃ!」
ムーは目を閉じて、さっきガイドさんに案内された道を,
一人で進んで行きました。

ムーが再び夢の国に着くと,
もう朝の七時になろうとしていました。
赤ちゃんたちが,扉のところにせいぞろいしています。
「全員そろいましたね。
 これでツアーはおしまいです。
 ここからは一人で帰るんですよ。
 帰りは眠りの国の前にあった落とし穴から,パラシュートで降ります。
 すると,みなさんのベッドにふわっと着地するので,
 きっと心地よい目ざめになりますよ。
 この次から,私はもう案内をしません。
 でもみなさんがこれからの人生で,ぐっすりと眠りにつき,
 楽しい夢をたくさん見られるように,私はいつも祈っています。
 ではみんな,元気でね。さようなら」
ガイドさんはそう言うと,消えてしまいました。

赤ちゃんたちは,ハイハイでいっせいにきりを抜けました。
そしてどんどん穴から降りて行きました。
ムーも降りようとして穴のふちまで来ました。
するとさっき目ざめた時にとなりのベッドでねていた子が,
ムーの横でなかなか飛び降りられずに,
穴の中をのぞいてはもじもじしています。

「怖いの?」
ムーは声をかけました。
その子は顔を上げてムーを見ました。
「うん…。キミは?」
「ボクは怖くないよ。さっき夢の国で,一度穴に飛び込んだんだ。
 ボクが背中を押してあげようか」
「ほんと? お願い」
ムーがその子の背中をポンと押して穴から落としてあげると,
その子の背中からパラシュートがのびて,かさのように開きました。
「かっこいい!」

ムーはその子の後を追うように,
自分も穴から飛び降りました。
やがてパラシュートが開いて,
気がつくとふわふわ空を飛んでいました。
ムーのまわりにも,たくさんの赤ちゃんたちが、
パラシュートでゆっくり落ちて行くのが見えます。
少し下の方に,さっき背中を押してあげた子もいました。
ムーを見上げながら,にっこり笑って手をふっています。
ムーはその子に手をふり返しながら,
「お昼寝をして,早くまた夢の国に行きたいな」
と思っていました。(終)

©2023 alice hanasaki


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花咲ありす
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